宋史卷二百六十 列傳第十九 李懐忠

李懷忠

  • 李懐忠は涿州范陽の人で初名を懐義といい、太祖の禁兵掌握時から帳下に隷し散都頭を歴任。乾徳中東西班都指揮使、開宝中太原征伐で盛暑の中「賊は孤城で援なく速攻すべき」と進言し流矢を受けながらも力戦した。
  • 太祖の西京行幸で遷都の意向を示した際、「東京は汴渠の漕運で江淮の米数百万斛が集まり、禁衛数十万も此処に頼っている。根本が既に固まっているのに遷都は利がない」と諫め、太祖はこれを容れた。
  • 太宗即位後侍衛歩軍都虞候・大同軍節度使を経て歩軍都指揮使、卒して侍中を追贈された。