宋史卷二百五十九 列傳第十八 尹崇珂
尹崇珂
- 尹崇珂は秦州天水の人で後に大名に移った。父の延勲は磁同滁三州刺史。周世宗の藩邸時代から謹厚で仕え、高平の戦功で東西班副点検、淮南征伐で都虞候・都指揮使を歴任。
- 宋初、淄州刺史として善政を挙げ、民が刻石頌徳を願い出て太祖が李穆に文を撰させた。湖南平定で行営前軍馬軍都指揮使、荆湘平定で朗州団練使、郴州攻略にも従った。
- 乾徳中、嶺表征伐で行営馬歩軍副部署として広州を陥として劉鋹を捕らえ、潘美と共に知広州兼市舶転運等使を務めた。保信軍節度使を経て、南漢の残党の乱を平定した後、開宝六年、四十二歳で卒し侍中を追贈された。子の昭吉・弟の崇珪は西京作坊使。太宗は周朝時代に尹崇珂の妹を娶っており(追諡淑徳皇后)、外戚としても遇された。