宋史卷一百十五 禮志第六十八 禮十八(嘉禮六)

皇太子冠礼

  • 皇太子の冠礼は大中祥符八年に一度行われた例があり、徽宗が自ら『冠礼沿革』十一巻を著し、儀礼局がこれに倣って編次した。事前に天地・宗廟・社稷・諸陵宮観に告げ、垂拱殿・文徳殿に舎人らが設営し、東朶殿に大晟の宮架楽を配し、太子の冠席を東階上に、東宮官の位を後方に設けた。逺遊冠・簪導・衮冕など加冠に用いる冠は箱に納め、罍洗(手を洗う器)・醴席(甘酒の席)・饌も定めの位置に並べた。
  • 儀式では皇帝が通天冠・絳紗袍で文徳殿に出御し、楽(乾安之楽)とともに即位した後、掌冠・贊冠の官が入場し、太子は東房で待機する。三度の加冠(初加は折上巾、再加は逺遊冠、三加は衮冕)がそれぞれ祝辞とともに行われ、加冠のたびに楽曲(順安・懿安・成安)が奏され、太子は服を改める。
  • 初加の祝辞は「爾元子(あなたは嫡子として)阼(あるじの座)で初めて冠をつける。日を占い賓を選び礼を整えたので、末永く天の祐を受けよ」という趣旨。
  • 再加の祝辞は「今この良き日に元服を加える。学問を修め三善(父子・君臣・長幼の道)を尽くし、われ(皇帝)と共に天の百福を受けよ」という趣旨。
  • 三加の祝辞は「三度冠を加え、国の本(皇太子の地位)をいよいよ正しくする。休(美徳)を極め室を構え、徳を照らし永く天命を保て」という趣旨。
  • 三加が終わると太子は醴席に移り、掌冠者が進める爵(酒杯)を受けて祭り、飲んで奠じる。その後、東房で朝服に改め、掌冠者が「字」(成人としての別名)を授ける祝辞(「生まれてより名は実を、冠して字は文を益す」の趣旨)を述べ、皇帝は左輔を通じて「事親以孝、接下以仁、佞を遠ざけ義に近づき、賢を禄し能を使う」との訓戒を与える。太子は「不敏なれど謹んで奉ります」と応じ、拝礼を重ねて退出する。
  • 後日、太子は太廟・別廟に謁し、逺遊冠・朱明衣で金輅に乗り廟に至り、衮冕・執圭に改めて礼を行い、群臣が祝賀し、皇帝から酒三行を賜る。

皇子の冠礼

  • 皇子の冠礼も皇太子の儀に準じ、文徳殿東階上に冠席を設け、九旒冕・七梁進賢冠・折上巾などを用意する。皇帝出御の後、皇子が東房から出て掌冠者による三度の加冠(折上巾→七梁冠→九旒冕)を受け、それぞれ祝辞とともに酒(醴)を受ける作法は太子の礼と同様である。
  • 三加が終わると朝服に改め、掌冠者が字を授ける(「歳日吉なり、威儀時に適う、汝の字を告げる」の趣旨)。左輔が「好禮楽善、儒を服し藝を講じ、王室を蕃殖させ、兄弟に友愛を尽くし、驕らず溢れず、これを守れ」との勅戒を宣べ、皇子が謝辞を述べて退出する。翌日には百僚が東上閤門に赴いて賀を述べた。

公主の笄礼(成人式)

  • 公主は十五歳になれば、婚姻がまだ決まっていなくても笄礼を行う。殿庭に香案、東房外に冠席、西階上に醴席を設け、裙背・大袖長裙・褕翟の衣を椸(衣桁)に掛け、冠(九翬四鳳冠など)を槃に載せて庭に並べる。
  • 三度の加冠(笄→冠→九翬四鳳冠)がそれぞれ祝辞とともに行われ、加冠のたびに服を改め、酒を受ける儀礼を伴う。祝辞は「令月吉日に元服を加える。幼き志を棄て徳を成せ、寿を全うし福を受けよ」「吉月良辰に服飾を加える。威儀をもって徳を慎み、寿を長くせよ」「歳の吉、月の令に三たび服を加える。永命を保ち徳を全うし天の慶を受けよ」という趣旨である。
  • 最後に掌冠者が「歳日吉なり、威儀時に適う、汝の字を告げ、淑美を表す」と字を授け、公主は君父の前に進んで拝礼・起居謝恩し、皇帝の宣訓(「事親以孝、接下以慈、和柔正順・恭倹謙譲、驕らず欺かず、古訓に従え」の趣旨)を受けて謝礼する。皇后・妃嬪・掌冠贊冠者・提挙以下が順に稱賀し、礼が終われば楽が奏される中で退出する。

公主下降(降嫁)の儀

  • 選ばれた駙馬都尉には玉帯・襲衣・銀鞍勒馬・彩羅百匹(「繫親」という)と辦財銀一万両を賜り、その額は親王の聘礼の倍にあたった。降嫁に際しては邸宅(甲第)を賜り、諸王夫人の制に準じ、掌扇・引障・花燭籠を通常より加える。舅姑への礼も行い、諸親には差をつけて賜り物をした。県主の場合は繫親に金帯・辦財銀五千両、納財は概ね公主の三分の一に減じ、郡君に特封された宗室女はさらに減じた。
  • 嘉祐初年、礼官は『礼閣新儀』にいう出降前一日の五礼(納采・問名・納吉・請期・納成)について、公主の場合は選定が朝廷で行われるため納采を待たず、封爵はすでに誕告されているため問名も省き、進財と請期のみ五礼の名を残す形とした。兖国公主が李瑋に下嫁した際は、夫家の主婚者が鴈幣・玉馬などを内東門外に並べて内謁者に授ける形とした。
  • 神宗即位の詔で、旧制では帝女を娶った士大夫の子が舅姑に対する尊卑の序を避けるため「昇行」(世代を繰り上げる)扱いとされていたことを、富貴を理由に人倫の長幼を乱すものとして改めさせ、陳国長公主に舅姑への礼を行わせ、駙馬都尉王師約は昇行しないこととした。公主が舅姑に礼を行う慣行はこれに始まる。旧例では長公主の上表に「妾」と称さなかったが、礼院の議論により大長公主以下は上牋表に「妾」と称すこととなり、王師約の請いによる。
  • 康国公主の降嫁の際、太常寺は「公主出降は中書省に申し、皇后が宮闈の掌事人を率いて第まで送り、外命婦も従う」という旧令に基づき、婉儀が宮闈掌事者を率いて送り、外命婦は従わないこととした。徽宗は公主を「帝姫」と改称する詔を出し、熙寧初年の郡主・県主の名称改定が当時の群臣に十分実行されなかったとして、周の「王姫」の故事に倣い公主を帝姫、郡主を主姫、県主を族姫、大長は大長帝姫とし、国号に美名の二字(両国を兼ねる場合は四字)を用いるよう改めた。
  • 出降の日、壻家は五礼を整え表を進め、太史局が日を選んで廟に告げる。親迎前日、内東門外に壻の次を西向きに設け、壻の父が子に酒を賜る「醮」の礼を行い、「往って迎え嘉偶を得よ、汝の内治を治めよ」と命じ、子は拝礼して東華門から出て馬に乗り、有司が帝姫の鹵簿・儀仗を整えて厭翟車で壻を出迎える。壻が拝礼して先に第に戻り、同牢(新郎新婦が共に食す儀)の礼を行う。当日夕、盥洗・献酬・見舅姑(棗栗・腵脩を奉る)の礼も定めの通り行われた。

諸王の納妃

  • 宋朝の制度では、諸王の聘礼として女家に白金一万両、「敵門」(古の納采にあたる)として羊二十口・酒二十壺・彩四十匹、定礼として羊酒彩をそれぞれ十加え、茗百斤・頭&KR1326;巾叚綾絹三十匹・黄金釵釧四双・条脱一副・真珠琥珀瓔珞・真珠翠毛玉釵朶各二副・銷金生色衣一襲・金塗銀合二・錦繍綾羅三百匹・果槃花粉花冪・眠羊臥鹿花餅・銀勝小色金銀銭などを賜った。納財には金器百両・彩千匹・銭五十万・錦綺綾羅絹各三百匹・銷金繍畵衣十襲・真珠翠毛玉釵朶各三副・函書一架・纒束帛・押馬函・馬二十匹・羊五十口・酒五十壺・繫羊酒・紅絹百匹・花粉花冪・果盤・銀勝羅勝などを、親迎には塗金銀装肩輿・行障坐障各一・方団掌扇四・引障花十樹・生色燭籠十・高䯻釵揷と童子八人の騎馬導扇を用いた。宗室子の聘礼は女家に白金五千両、敵門・定礼・納財・親迎の礼はいずれも半分に減じ、遠属で身分の低い者はさらに減じた。
  • 政和三年四月、礼局が皇子納夫人の儀を上申。使者が采択(花嫁選定)・問名・告吉・告成・告期の各段階で定型の口上を述べ、儐者(取次役)が主人(女家)の答辞を伝える形式が定められた(例えば采択では使者が「某王の伴侶を求め、徳と謹みを重んじ采択の礼を行う」と述べ、主人は「臣某の子は愚かながら辞退できない」と応じる)。太史局が日を選んで景霊宮に告げ、告箱の儀を経て、女相者が夫人を導いて使者の宣制を受け拝礼する。
  • 皇帝は殿で醮戒(酒を賜り訓戒する)を行い、皇子は象輅に乗って親迎、同牢の礼を経て夫人が皇帝・皇后に朝見し盥饋(食事を奉る)の礼を行う。
  • 諸王以下の納采・問名・納吉・納成・請期にも、賔(使者)と儐者(取次)が定型の口上を交わす形式があり、それぞれ「納采」では「某官が某王のために納采を請う」、「問名」では「二姓の好みを合わせるため亀筮に問う」、「納吉」では「卜筮が吉と出た」、「納成」では「不腆の幣を以て納成を請う」、「請期」では「近日中に日を占う」といった趣旨の口上が交わされた。
  • 親迎前日、壻の次を設け、当日、壻の父が禰廟(祖先の廟)に告げ、子に酒を賜る醮の礼(「躬ら嘉偶を迎え、汝の内治を治めよ」の訓戒)を行い、女家でも父が禰廟に告げ、賓(壻)を迎える。女は房中で盛装し、母が「往きて汝の家に、順を正となせ、粛恭を忘れるな」、父が同様の訓戒を、庶母が「父母を辱めるな」と申し伝える。壻が先に第に戻り、廟見・見舅姑などの礼はいずれも定めの通り行われた。
  • 宗室の婚姻については、治平年間に宗正司が舅姑・夫族との儀制の未整備を報告し、詔により壻家が二世にわたり禄を食む場合に限り宗室女を娶ることを許し、身分・世代の差による扱いの違いも整理された。財の授受、媒妁の不正の禁止、宗室女が舅姑や夫の親族に仕える礼を臣庶の家と同様とすることなどが定められた。その後、宗室女の再嫁についても祖父の官位による条件が加えられ、熙寧十年には袒免以上の親が下賎の家(僕・娼の子孫など)や化外・辺境の家系と婚姻することを禁じ、緦麻以上の親は胥吏の出職者や商工雑類・悪逆の家との通婚も禁じた(後に刑徒の子孫との婚姻も禁止)。婚姻の許可は宗正司が三代の任官歴・姓名・家系・州里・年齢を調べて奏上し確認する手続きが定められ、宗室の離婚も宗正司が律に照らして審査し、正当な理由のない訴えは劾奏する扱いとされた。

品官の婚礼

  • 品官の婚礼は納采・問名・納吉・納成・請期・親迎・同牢・廟見・見舅姑・姑醴婦・盥饋・饗婦のいずれも諸王以下の婚礼に準ずる。ただし四品以下は盥饋・饗婦の礼を用いない。

士庶人の婚礼

  • 士庶人の婚礼では問名を納采に、請期を納成に合わせて行う。鴈(雁)を奠じる余裕のない者は、三舎生であれば羊を、庶人であれば雉や鶏鶩を代わりに用いる。
  • 親迎当日、壻の父が禰位(祖先の位)に「某の子某、某年、某氏の第某女を娶り某日に親迎する」と告げ、子に酒を賜る醮の礼(「汝の内治を治め、汝の匹を求めよ」の訓戒)を行う。初婚では室に酒饌を設け、壻が女家に至り、女の父が禰位に告げ、女も盛装して母から酒を受ける同様の儀を経る。
  • 壻が女家の門で迎えられ、賔(壻)が「父の命を受け嘉礼を成就する」と述べ、主人(女の父)が応じる。女が門を出る際、父は「汝の家に往き粛恭を忘れるな」、母は「昼夜これを思い、命に背くなかれ」、諸母は「父母の訓に背くな」と申し伝える。壻は先に戻り門外で待ち、婦が至れば揖礼を交わして室に入り、対座して酒を交わす儀礼(三度の献酬)の後、共に拝礼し、祖禰・舅姑への謁見、饗婦の礼を経て婚儀が終わる。

宋史卷一百十五