庫狄峙
- 庫狄峙、その先は遼東の人、本姓段氏で段匹磾の後裔、避難のため改姓し代に移り豪右となった。祖の凌は武威郡守、父の貞は上洛郡守。庫狄峙は弘厚で知られ騎射・謀略に優れ、魏の高陽郡守として仁恕の政を行い民に悦ばれた。孝武帝西遷に伴い官を棄て関に入り、大統元年中書舎人として機密に参与、黄門侍郎に遷る。斉と対峙する中、蠕蠕(柔然)の侵寇が続き和親の使者に選ばれ、その容貌と弁舌で蠕蠕主の信任を得て以後侵寇が止んだ。太祖は「昔の魏絳の和戎に比肩する」と評し高邑県公・食邑八百戸に封じ、驃騎将軍・岐州刺史・散騎常侍・食邑二百戸増・開府儀同三司。恭帝元年侍中。蠕蠕滅亡後強盛化した突厥に対しても太祖の命で結好を諭し感悟させ斉の使者を捕らえて京師に送らせた功で大将軍・安豊郡公・食邑通算二千戸、小司空。孝閔践阼で小司寇、世宗初に都督益潼等三十一州諸軍事・益州刺史として寛和清静な統治で夷獠に安んじられた。保定四年宣州刺史、天和三年少師。老齢で致仕を願い許され、五年に卒し同州刺史・諡定を贈られた。子の嶷が嗣ぎ吏部上士・小内史・小納言・開府・職方中大夫・蔡州刺史を経て卒し、子の授が嗣いだ。