春秋左傳事類始末崇卒(軍制)(崇卒)
魯昭公元年(前541年)、晋の中行穆子が魏舒の進言により戦車を廃して歩兵編成(崇卒)に改め、大原で無終・諸狄を破ったことを述べる1件のみの記事。史論はない。
年表(1件)
- 魯昭公元年(前541年)晋が戦車を廃し歩兵編成の崇卒に改め、大原で狄を破った
魯昭公元年(前541年)
- 晋の中行穆子(荀呉)が無終および諸々の狄を大原で破った。これは「崇卒」(歩兵中心の編成)によるものであった。開戦前、魏舒は「敵は歩兵、我は戦車。地形が険しいので歩兵に立ち向かうには戦車を廃して歩兵編成にすべきだ」と進言し、賛同を得て戦車を壊して歩兵とした。5乗を3伍・5陣に編成し、両翼・前後(右角・左角・前拒など)の配置を定めて戦い、勝利した。