春秋左傳事類始末税畝(公田の法、十に其の一を取る。今また余畝を履み更に十に其の一を収める。故に哀公「二にしても吾なお足らず」と曰い遂に常法とす)(稅畝)
魯宣公十五年(前594年)、公田の収穫のみに頼っていた従来の税法を改め、田畝ごとに税を課す初税畝の制度が始まったことを述べる1件のみの記事。礼にかなわないとされた。史論はない。
年表(1件)
- 魯宣公十五年(前594年)初めて畝ごとに税を課す初税畝の制度が始まった
- 篇目の注記に「公田の法は収穫の十分の一を徴収するものだが、加えてそれ以外の田(餘畝)にも十分の一を課すようになった。哀公が『(税率を)二割にしてもなお不足する』と述べたように、これが常例となった。ゆえに『初めて』と記す」とある。
魯宣公十五年(前594年)
- 初めて畝ごとに税を課す制度(初税畝)が始まった。これは礼にかなわないとされた。従来どおり公田の収穫(籍)だけで十分に財を豊かにできたはずだからである。