春秋左傳事類始末晏子、礼は以て国を為すべしと論じる(晏子論禮可以為國)

斉侯が路寝で国の行く末を嘆いた際、晏子は陳氏が民心を得ていると答え、礼こそが国を保つ道であると説いた1年の出来事。

年表(1件)

魯昭公二十六年(前516年)

  • 斉侯が晏子と路寝に座して「この立派な宮室はいずれ誰のものになるだろうか」と嘆くと、晏子は「陳氏でしょう」と答えた。斉侯が「私は徳のある者が受け継ぐと思うが」と問うと、晏子は「陳氏には大きな徳はないが民に施しをしている、公室が升や鍾で厚く税を取り薄く施すのに対し、陳氏は薄く取り厚く施している、民は陳氏に帰服している、後世少しでも怠らなければ国は陳氏のものとなるだろう」と述べた。
  • 斉侯が「それではどうすればよいか」と問うと、晏子は「礼によるほかありません、礼があれば家の施しは国政に及ばず、民は移らず農工商も変わらず、士は濫りにならず官は怠らず、大夫は公の利を私しません」と答えた。斉侯は「私にはできていない、今初めて礼が国を保つゆえんを知った」と述べた。
  • 晏子はさらに、礼は天地とともに古くからあり、君は令し臣は共しみ、父は慈しみ子は孝行し、兄は愛し弟は敬い、夫は和らぎ妻は柔らかく、姑は慈しみ婦は従うのが礼であり、それぞれが違わず不貳・教え・箴め・友愛・順い・義・正しさ・婉やかさを保つことが礼の善きものだと説いた。斉侯は「今こそ礼の至上たるゆえんを聞いた」と称え、晏子は「先王は天地に稟けたこの礼を民のために用いた、それゆえ先王はこれを尊んだ」と結んだ。