春秋左傳事類始末斉侯、彗星を禳わんと欲す(齊侯欲禳彗星)
彗星の出現を禳おうとする斉侯に対し、晏子が徳を修めることこそ肝要であり祈禳は無益と諫めて思いとどまらせた1年の出来事。
年表(1件)
- 魯昭公二十六年(前516年)晏子が彗星の禳いを諫め、斉侯が修徳に転じる
魯昭公二十六年(前516年)
- 斉に彗星が現れ、斉侯がこれを禳おうとした。晏子は「無益です、かえって天を欺くことになる、天道は疑わず変わらない、禳ってどうなるものでもない、彗星は穢れを除くために現れるもの、君に穢れた徳がなければ禳う必要はなく、もし徳が穢れているなら禳っても損なわれた徳が戻るわけではない」と諫めた。さらに『詩経』を引き「文王が慎み深く徳を回らせなければこそ天下を受けた、君に不徳がなければ諸国はなびく、彗星など恐れるに足りない、逆に徳が乱れれば民は流亡する、祝史の祈りにも補う力はない」と説いた。斉侯は納得し、禳うのをやめた。