春秋左傳事類始末斉侯、徐を伐ち鼎を賂して還る(齊侯伐徐賂以鼎而還)
斉侯が徐を伐ち、徐子が郯・莒とともに盟を結んで甲父の鼎を賄賂に贈った顛末を描く。叔孫昭子は覇者不在ゆえに斉の無道が咎められぬ現状を『詩経』を引いて嘆いた。
年表(1件)
- 魯昭公十六年前526年斉侯が徐を伐ち盟を結んで鼎の賄賂を得て引き上げる
魯昭公十六年(前526年)
- 斉侯が徐を伐つと、徐子は郯人・莒人とともに斉侯と蒲隧で盟を結び、甲父の鼎を賄賂として贈った。
- 叔孫昭子は「諸侯に覇者がいないのは害あることだ。斉君の無道ぶりを見よ、兵を興して遠方を伐ちながら、盟を結んで戦果もそこそこに引き上げ、誰もこれを咎めない。覇者がいないからだ」と嘆き、『詩経』の「宗周は既に滅び、拠り所を失った。正しき大夫たちは離散し、我らの苦労を知る者もない」を引いてこれを評した。