春秋左傳事類始末平王、枝如子躬を使わして鄭に聘す(平王使枝如子躬聘于鄭)

楚の平王が善政に努める中、枝如子躬を鄭へ聘問に遣わし犫・櫟の田地返還を図らせたが、使者は用件を果たさぬまま帰国し、王は咎めずに済ませた顛末を描く。

年表(1件)

魯昭公十三年(前529年)

  • 楚の平王は陳・蔡を再興して封じ、遷された邑を復し、恩恵を施し民を寛大に扱い、罪人を赦し、然るべき人材を登用するなど善政に努めていた。枝如子躬を鄭へ聘問の使者として遣わし、あわせて犫・櫟の田地を返還させようとしたが、使者は用件を終えても田地を返還しなかった。
  • 鄭人が「道中で伺ったところでは、王は犫・櫟の地を我が君に授けるとのことでしたが」と尋ねると、子躬は「私はそのような命を受けていない」と答えた。帰国後、王に犫・櫟について問われると、子躬は恐れ入って「私の過ちで命を伝え損ねました、まだ致しておりません」と答えた。王は子躬の手を取り「無理をせずともよい、用があれば改めて伝えよう」と言った。