春秋左傳事類始末楚、闘成然を殺す(楚殺鬬成然)

楚の公子弃疾が即位して熊居(平王)となり、令尹に任じた子旗が功に驕り養氏と結託して増長したため、平王が鬬成然を殺し養氏一族を滅ぼす経緯を描く。

年表(2件)

魯昭公十三年(前529年)

  • 夏四月丙辰、楚の公子弃疾が王位につき熊居と名乗った。子旗を令尹に任じた。

魯昭公十四年(前528年)

  • 令尹の子旗は王に功があったが、その分をわきまえず養氏と結託して際限のない要求を重ねたため、王はこれを憂慮した。九月、楚王は鬬成然を殺し、養氏の一族を滅ぼした。ただし旧功を忘れぬよう、鬬辛には鄖の地を与えて住まわせた。