春秋左傳事類始末穆姜、東宮に薨ず(穆姜薨於東宮)

魯の穆姜が東宮に幽閉された当初、随の卦が出たことに対し、自らの不徳を顧みて四徳を持たぬ身に随の卦はふさわしくないと語り、必ずここで死ぬだろうと予言した通り東宮で薨じた逸話。

年表(1件)

魯襄公九年(前564年)

  • 穆姜が東宮で薨じた。かつて東宮に移された当初、易で占ったところ「艮の八」(艮下艮上)の卦が出た。史官は「これは艮が随(震下兌上)に変わる卦です。随は『出る』意ですから、あなたは必ずここを出られるでしょう」と告げたが、穆姜は「そうはならない。『周易』に『随は元・亨・利・貞にして咎なし』とある。元は徳の長、亨は嘉事の集まり、利は義の調和、貞は事の根幹である。仁を体して人の長となり、嘉事を集めて礼にかない、物を利して義にかない、貞固であってこそ事を成せる。この四徳を備えてこそ咎なく随うことができる。しかし私は婦人の身で乱に加担し、下位にありながら不仁である。国家を安んじたとは言えず亨とも言えず、事を為して身を害したのだから利とも言えず、地位を捨てて姦を犯したのだから貞とも言えない。四徳を持たぬ私に随の卦がふさわしいはずがない。私はむしろ悪を招いた身、咎なきはずがない。必ずここで死に、出ることはないだろう」と述べた。