春秋左傳事類始末楚、舒庸を滅ぼす(楚滅舒庸)
楚が鄢陵の戦いで敗れたことに乗じ舒庸が呉軍を導いて楚の邑を攻めたが、備えを怠っていたところを楚の公子橐師に奇襲され滅ぼされた短い一話。
年表(1件)
- 魯成公十七年前574年舒庸が呉を頼み備えを怠ったため楚に奇襲され滅ぼされる
魯成公十七年(前574年)
- 舒庸の人々は、楚が鄢陵の戦いで敗れたことに乗じ、呉の軍を導いて巣を包囲させ、駕を攻め、釐・虺を包囲させた。そのまま呉を頼みにして備えを怠っていた。楚の公子橐師はこれを見て舒庸を奇襲し、滅ぼした。
楚が鄢陵の戦いで敗れたことに乗じ舒庸が呉軍を導いて楚の邑を攻めたが、備えを怠っていたところを楚の公子橐師に奇襲され滅ぼされた短い一話。