春秋左傳事類始末晋侯、士会に王室を平定させる(晉侯使士會平王室)
周の王孫蘇と召氏・毛氏の権力争いで王室が混乱し、晉侯は士会を遣わして鎮めさせる。士会は定王の宴で饗と宴の礼の違い(体薦と折俎、恭儉と慈恵)を教えられ、帰国後にこの典礼を研究して晉国の制度を整備した。
年表(1件)
- 魯宣公十六年(前593年)士会が周の王室内紛を鎮め定王から饗宴の礼を学び晉の制度を整える
魯宣公十六年(前593年)
- 周の王孫蘇が召氏・毛氏と権力を争い、王室が混乱した。晋侯(景公)は士会(武子)を派遣して王室の内紛を鎮めさせた。
- 定王は士会を宴に招いた。原襄公が儀礼の進行役を務め、料理は「殽烝」(肉を切り分けずに俎に盛る形式)で供された。士会はその作法の意味を密かに尋ねた。
- 定王は士会を召して説明した。「王が卿を饗する礼では『体薦』(獣の半身をそのまま盛る)を用いて恭儉を示し、宴では『折俎』(骨を外し切り分けて盛る)を用いて慈恵を示す。公には『饗』の礼、卿には『宴』の礼を用いるのが王室の定めである」と。
- 士会は帰国後、この典礼を研究し、晋国の制度を整備した。