春秋左傳事類始末邢、夷儀に遷る(邢遷夷儀)
狄の侵攻を受けた邢を管仲の進言で齊が救援し、翌年諸侯が邢を夷儀へ遷して城を築くまでの経緯。閔公元年・僖公元年(前661〜前659年)。
年表(2件)
- 閔公元年(前661年)狄が邢を攻め、管仲の進言で齊が救援
- 僖公元年(前659年)諸侯が邢を夷儀へ遷し城を築く
閔公元年(前661年)
- 狄人が邢を攻めた。管敬仲(管仲)は齊侯に「戎狄は豺狼のように飽くことを知らない、中原諸国とは親しみを保ち見捨ててはならない、安逸に流されるのは毒を懐に抱くようなもの。詩に『帰りたくないわけではないが、この文書(簡書)を畏れる』とある、簡書とは互いに悪を憂える意味だ、簡書に従って邢を救おう」と進言し、齊は邢を救援した。
僖公元年(前659年)
- 春、諸侯が邢を救援した。邢の人々は狄軍が崩れると出撃し、狄を追い払った。邢の器物を整えて(諸侯連合軍の下で)新たな地へ遷らせ、(旧邢の地には)狄への備えの守備兵は残さなかった。夏、邢は夷儀へ遷り、齊・宋・曹の軍がそこに城を築いた。