史通刋正史通序(李佶)

  • 要旨: 陸深(儼山先生)が史通を校訂して完本にした功を、孔子が雅・頌を正した故事になぞらえて称える序。巻頭にも同名の王閣の序がある。

正す人を待ってはじめて定まる

  • 孔子は「吾、衛より魯に反り、然る後に楽正しく、雅・頌おのおのその所を得たり」と言った。この言を味わえば、雅・頌は当時にも見た者が多かったはずである。それでも孔子を待ってはじめて正されたのはなぜか。
  • 権衡が軽重を設けてはじめて明らかになり、尺度が長短を懸けてはじめて別たれる。その人でなければ道はむなしく行われない。聖賢とはまことに万世の権衡・尺度である。

陸深の校訂

  • 私はかつて史通を読み、欠文や意の重複、繁しい詞と冗長な意を見て、心にかなり疑いを抱いた。巻を掩って思い、巻を展げて翫んでも、心に落ち着くところが無かった。
  • 儼山先生が蜀に帥として赴かれた当初、これを取って正された。篇章も旨趣もそれぞれ軌に循い、意が通って文が順い、事が核かで理が瑩らかになった。ここにはじめて完全な書となった。
  • 他でもない。先生は江南の巨儒として翰苑に養われること三十年余り、学が深いので思いが精しく、思いが精しいので見識が高い。扁鵲が人の五臓を見通し、庖丁が刃を遊ばせて全牛を目に見なかったようなものである。だから量る下で銖両が自ずと明らかになり、分寸に狂いが無い。当然のことである。
  • その功は作者に倍するどころか、孔子の堂に升って雅・頌の遺音を継いだに近い。
  • 近ごろ周礼の誤りを訂して冬官の欠を補った者があり、事は類しても功は倍だという説もあるが、そうかどうかは分からない。しかも群書の誤りはこれにとどまらない。先生が次々に正されるなら、後学を嘉恵する心はいよいよ宏く遠い。謹んで雪に立って待ちたい。
  • 嘉靖乙未(1535年)長至の日、後学の李佶 謹んで識す。