- 要旨: 正史のほかに行われる書を十の類に分け、それぞれの効用と弊害を論ずる。取捨を択びさえすれば、広く読むことは学者の益になる、という主張。
十の類
- 三墳・五典・春秋・檮杌は上代の帝王の書、中古の諸侯の記であり、歴代に行われて格言とされてきた。そのほかの外傳としては、神農が薬を嘗めて本草があり、夏禹が土を敷いて山海経が著され、世本は姓を弁じて周室に始まり、家語は言を載せて孔氏に伝わる。偏記・小説が自ら一家を成して正史と並び行われてきた由来は古い。
- 近古に至ってこの道はいよいよ煩わしくなり、史氏の流別は途を異にして並び走る。総括すればその流れは十ある。偏記・小録・逸事・瑣言・郡書・家史・別傳・雑記・地理・都邑簿である。
- 偏記: 帝王が命を受けるには始めと終わりがあるが、著述の詳略は均しくない。当時のことを権に記して一代を全うしないものがある。陸賈の楚漢春秋、樂資の山陽公載記、王韶の晉安陸紀、姚最の梁後略の類である。
- 小録: 普天率土に人物は多く、その行事をすべて知ることはまれである。そこで知るところだけを挙げて短い部を編む。戴逵の竹林名士、王粲の漢末英雄記、蕭世誠の懐旧志、盧思道(子行)の知己傳の類である。
- 逸事: 国史の任は記事・記言だが、見聞は網羅できず必ず遺漏が出る。そこで好奇の士がその欠を補う。何嶠の汲冢紀年、葛洪の西京雑記、顧協の瑣語、謝綽の拾遺の類である。
- 瑣言: 街談巷議にも見るべきものがある。小説といえども何も無いよりはましなので、好事の君子は捨てない。劉義慶の世説、裴榮期の語林、孔思尚の語録、陽松玠の談藪の類である。
- 郡書: 汝南・潁川の奇士、江漢の英霊は、生まれた土地の光となる。郷人の学者がこれを編んで記す。周斐の陳留耆旧傳、周裴の汝南先賢傳、陳寿の益部耆旧傳、虞預の會稽典録の類である。
- 家史: 高門・華胄は代々徳を載せ、才子が家を承けて恩が父母に及ぶ。そこで先烈を紀して後世に遺す。揚雄の家牒、殷敬の世傳、孫氏の譜記、陸氏の宗系暦の類である。
- 別傳: 賢士・貞女を類に集めて区分する。百行の途は異なっても善に帰する点は同じなので、好むところを取ってそれぞれ録を作る。劉向の列女傳、梁鴻の逸民傳、趙採の忠臣傳、徐広の孝子傳の類である。
- 雑記: 陰陽を炭とし造化を工として形を流し象を賦す。育たぬものは無い。怪しい物を求めて異聞を広める。祖台の志怪、干寶の搜神記、劉義慶の幽明録、劉敬叔の異苑の類である。
- 地理書: 九州の土地、万国の山川は、物産の宜しきを異にし風化も俗も違う。それぞれ本国を志せば一方を明らかにできる。盛弘之の荊州記、常璩の華陽国志、辛氏の三秦記、羅含の湘中記の類である。
- 都邑簿: 帝王の桑梓、列聖の遺した跡は、経始の制が一定しない。その軌則を書けば将来の亀鑑となる。潘岳の関中記、陸機の洛陽記、三輔黄図、建康宮殿簿の類である。
それぞれの弊害
- 偏記・小録の書は、その日その時の事を記すので、国史に照らせば最も実録に近い。しかし言に鄙朴が多く事が円備でないので、不刋の書として後世に伝わるには至らず、後生の作者が草稿を削るための資料になるだけである。
- 逸事は前史の遺漏を後人が記したもので、異説を求めるには益が多い。しかし妄りな者が作れば伝聞をそのまま載せて取捨しない。真偽が分かれず是非が乱れる。郭子横の洞冥記、王子年の拾遺記は、まるごと虚辞を構えて愚俗を驚かせるもので、弊の甚だしいものである。
- 瑣言は当時の応対や流俗の嘲謔を多く載せる。弁舌の者はこれを舌先の助けとし、談話の者は口実とする。しかし蔽われた者が作れば、詆り訐って戯れ合い、それを祖宗に及ぼす。褻れ狎れた鄙言が閨房から出てきても、すべて記録に昇せて雅言としてしまう。風規の益にならず名教を傷つける。
- 郡書は郷賢を体し邦族を美める。本国では行われるが他方では愛好されることがまれである。常璩の詳審、劉炳の該博のように不朽に伝わり後裔に美とされるものは、いくらも無い。
- 家史は事が三族に限られ言が一門にとどまる。室家に行うのはよいが、邦国に播しにくい。家業が墜ちなければ録も存するが、家が亡べばこの文も喪われる。
- 別傳は胸臆から出るものでも機杼によるものでもなく、前史を広く採って集めて書としたものである。新しい言や別の説を加えているものは十のうち一つほどにすぎない。寡聞末学の徒には嘉ばれても、幽を探り隠を索める士には材が無い。
- 雑記は、神仙の道を論じて服食・錬気が寿を延ばすことを言い、魑魅の途を語って福善禍淫が悪を懲らし善を勧めることを言うなら、それでよい。しかし繆った者が作れば、怪異を語り妖邪を述べることに努める。益を求めても取るところが無い。
- 地理書は、朱贛の採録が九州に行き渡り、闞駰の書が四国を尽くしたようなら、言はみな雅正で事に偏党が無い。しかしそうでないものは、人は自分の住むところを楽土とし、家は自分の町を名都として、住むところを競って美め、談が実を過ぎる。城池の旧跡や山水の名の由来も、巷の伝えをそのまま故実とする。鄙しいことである。
- 都邑簿は、宮闈・陵廟・街廛・郭邑の規模を弁じ制度を明らかにするならよい。しかし愚かな者が作れば煩わしく濫りになる。榱や棟を論ずれば尺寸まで書き、草木を記せば根株まで数える。詳審を求めるのを能とするので、学ぶ者は見て混乱し記憶できない。
広く読み、択ぶこと
- この十品を考え百家を徴すれば、史の雑名の流れはここに尽きる。その間の得失は入り乱れ善悪も相半ばするので、詳しく述べにくく梗概を粗述するにとどめる。鄶から下は譏るに足りない。
- 子と史はもと二つの説である。呂氏春秋・淮南子・皇甫謐(玄晏)・抱朴子のような諸子は、多く叙事を宗とするので、挙げて論ずれば史の雑ということもできる。しかし名目が異なるのでこの科には編まない。
- 諺に「聚まった星の明るさは一つの月の光に及ばない」という。古来の作者の著述は多く、門が千戸が万、波のように委なり雲のように集まっているが、言はみな瑣碎で事は必ず断片である。五傳(春秋の諸傳)に光を接し三史と輝きを並べるのは難しい。古人が「玉屑が箱に満ちる」に喩えたのは意味がある。
- とはいえ草刈りの言も明王は択び、葑や菲の根も詩人は棄てない。学ぶ者が旧事を広く聞き物を多く識るには、別録を窺い異書を討ねずに周公・孔子の章句だけを治め、司馬遷・班固の紀傳だけを守っていて、どうしてそこに至れよう。
- 孔子は「多く聞いてその善き者を択んで従う、これ知るの次なり」と言う。書には聖でないものがあり、言には経に外れたものが多い。学ぶ者が広く聞くには、択ぶことが肝要である。