史通序錄

  • 要旨: 劉知幾自身による自序。史官としての経歴と、この書を著して「史通」と名づけた理由を述べる。

著者の履歴

  • 長安二年(702年)、著作佐郎として国史の修撰を兼ね、まもなく左史に遷って門下省で起居注を撰した。中書舎人に転じて一時史任を離れたが、まもなくその職を兼領した。
  • 今上(中宗)の即位後、著作郎・太子中允・率更令を除せられ、修史の職はそのまま続いた。大駕が京に還るにあたり留後として都に在ったが、まもなく駅伝で京に召され、専ら史事を掌り、秘書少監に遷った。
  • 二君に歴事し、両京で官を勤め、書籍を扱う官署を遍歴し、長く記録の職にあった。昔、馬融は三たび東觀に入って漢代の栄誉とされ、張華は再び史官を典って晉朝の美談とされた。その両方を兼ねてしまったのだから、職責の憂いに落ち着く暇もない。

書名の由来

  • 修史の余暇に史書を論じ、筆を止めずに書きためて筐に満ちた。そこで類ごとに区分し、編んで順序立てた。
  • 昔、漢代の諸儒が経伝を集めて論じ、白虎閣で定めたので白虎通と名づけた。自分は史館に在ってこの書を成したので、史通を書名とした。
  • また漢は司馬遷の後裔を求めて史通子に封じている。史を「通」と称するのは由来が古い。広く衆議を採ってこの名に定めた。
  • 全二十巻、次のとおり配列する。総字数は八万二千三百五字(うち註が五千四百九十八字、欠篇を除く)。
  • 時に歳次庚戌、景龍四年(710年)仲春の月。