新唐書卷二百二十四上 列傳第一百四十九上 陳少遊
処世術による栄達
- 陳少遊、博州博平の人。若くして学才を認められ官途に就き、権謀術数と賄賂により累進。宦官董秀に多額の賄賂を約して桂管観察使から近い任地への転任を実現し、宰相元載にも結びついて浙東・淮南節度使を歴任した。
- 3度の藩鎮任にありながら私財を蓄え、元載失脚後もその子の左遷を陰で密告して忠誠を装うなど狡猾さを発揮した。
涇原の変後の専横
- 徳宗の奉天出奔時、揚州に滞留していた度支使包佶の財貨800万緡を強引に奪取し、朝廷への上奏でも「盗難を防いだだけ」と言い抜けた。李希烈の乱では日和見的に款を通じつつ李納とも結び、希烈の偽の起居注に自身の帰順を記されたことを恥じて発病し、61歳で死去した(太尉を追贈)。