新唐書卷二百二十四上 列傳第一百四十九上 梁崇義

襄陽の独立勢力

  • 梁崇義、京兆長安の人。来瑱の部将から襄州の実権を握り、代宗により節度使に任じられた。地は狭いが治世は良好で人望を集めたが、来瑱の粛清を目撃して入朝を拒み続けた。
  • 建中元年(780年)、李希烈の討伐令を受けて疑心を強め、朝廷の懐柔(同中書門下平章事の授与等)にも応じず、最終的に反旗を翻したが希烈軍に敗れ、妻とともに井戸に身を投げて死んだ。