新唐書卷二百二十三下 列傳第一百四十八下 柳璨

急速な出世と粛清

  • 柳璨、字は炤之、柳公綽の族孫。貧しい出自から学識により昭宗に見出され、諫議大夫から宰相に急昇進した。崔胤の死後、朱全忠の意を受け蔣玄暉らと結んで裴樞ら旧臣30余人を粛清した(天祐の獄)。
  • 全忠の禅譲を促す役を担ったが、後に全忠に疎まれ流罪の上、処刑された。

蔣玄暉・張廷範・氏叔琮・朱友恭――朱全忠配下の粛清事件

  • 蔣玄暉は朱全忠の腹心として昭宗弑逆を実行した中心人物で、後に全忠自身の手で車裂きに処された。
  • 張廷範は太常卿となったが、王殷の讒言により処刑された。
  • 氏叔琮・朱友恭(李彦威)は昭宗弑逆の実行犯とされ、責任を負わされて処刑された。両名とも刑に臨み「朱溫が我を利用しただけだ」と叫んだと伝わる。

史論(贊)

贊曰:木が朽ちれば虫がそこに生じ、国が滅びる兆しには妖が現れる。李林甫は皇位を脅かす者として現れ、盧杞は興元の危機を招き、崔胤・柳璨はその手で唐の宗祀を覆した。ああ、国家を保つ者は戒めねばならない。