新唐書卷二百四 列傳第一百二十九 明崇儼
鬼神の術と太子廃立
- 洛州偃師の人、梁国子祭酒明山賓の五世孫。父の恪から鬼神を召す術を学んだ。乾封初、嶽牧挙で黄安丞、高宗に召され冀王府文学。窟室内の楽の怪異を桃木の符で鎮めた逸話、真夏に雪を献じた逸話、瓜を求めて他人の畑から取り寄せた逸話などが伝わる。
- 正諫大夫として鬼神に託して政治を語り、武后のための厭勝の術や、章懐太子の不徳を讒言したとされる。儀鳳四年、東都で盗賊に殺されたが、太子が使者に殺させたとの疑いをかけられ、太子廃位の一因となった。侍中を追贈、諡は莊、子の珪は秘書郎に。御史中丞崔謐らの取り調べで多くの誣告犠牲者が出たが、太子廃位後に真相が明らかになった。