新唐書卷二百三 列傳第一百二十八 邵説
邵説
- 相州安陽の人。進士及第後、未任官のまま史思明の乱に陥ったが、朝義敗死後に郭子儀に帰順し幕府に留められた。長安令・秘書少監に累遷。大暦末、天道循環説(三十年小変・六十年大変)を根拠に、安史の乱後の混乱が収まりつつあるとして徽号建立と大赦・郊祀の充実を進言したが聞かれなかった。
- 徳宗即位後、吏部侍郎に抜擢され、自らの経歴(先祖が武后革命に仕官を拒んだこと、安史の乱での苦難、史思明配下からの帰順の経緯など)を弁明する上疏を献じた(本文に長文引用)。戸部郎中蕭定・司農卿庾准を自らの後任に推挙したが許されなかった。
- 才を恃んで執政を望んだが、金吾将軍裴儆に「賊に仕えて大官となり掠奪した過去を恥じず栄達を求めている」と批判された。建中三年、厳郢が朱泚に讒言され失脚した際、邵説も連座して歸州刺史に貶され没した。