新唐書卷二百二 列傳第一百二十七 尹元凱
尹元凱・富嘉謨・吳少微
- 尹元凱、瀛州樂壽の人。慈州司倉参軍を罪により免ぜられ三十年隠棲したが、張説・盧藏用に重んじられ右補闕に召された。
附 富嘉謨・吳少微
- 富嘉謨、武功の人、進士。晋陽尉として文辞に優れ、新安の吳少微も同じく晋陽尉として親交を結び、太原主簿魏穀倚とともに「北京三傑」と称された。当時流行の徐陵・庾信流の浮薄な文体を排し経術に基づく雄渾な文を作り「呉富体」と呼ばれた。『三教珠英』編纂にも参加し、韋嗣立の推挙で左台監察御史となったが、嘉謨の死後まもなく少微も病没した。