新唐書卷二百一 列傳第一百二十六 張昌齡

張昌齡

  • 冀州南宮の人。兄昌宗とともに文名があったが、進士考官王師旦に「華やかで実の乏しい浮靡な文」と評され落第した。太宗の問いに師旦は「その文が採られれば後進が浮薄を慕う」と答え、太宗も是とした。
  • 貞観末、翠微宮成りて頌を献じ、『息兵詔』を即席で作り太宗を喜ばせた。「禰衡・潘岳のように才を恃んで身を誤るな」と戒められた。通事舎人裏供奉、昆山道記室を歴任し『平龜茲露布』で称賛された。北門修撰に推挙されたが没した。
  • 昌宗は太子舍人・修文館学士に至り、『古文紀年新伝』数十篇を撰した。