新唐書卷二百 列傳第一百二十五 盧履冰

父在為母の服喪論争

  • 盧履冰、幽州范陽の人、北魏都官尚書義僖の五世孫。開元五年、右補闕。武后期に「父在為母」(父存命中の母の喪)を三年制としたのを非として、古礼の一年制に戻すべきと建言した。玄宗は百官に議論させ、刑部郎中田再思は「高宗が既に三年制を実施し久しく令となっている」として改定に反対した。
  • 履冰はさらに、垂拱年間から始まった三年制を批判し、「女子に二尊なし」の原則から父在の母の服喪は一年(期)にとどめるべきと主張。原文には服喪の等級を示す語に底本欠字(実体参照)があり、□(底本欠字。文脈から「齊(衰)」の異体字か) と記されている箇所が複数見える。
  • 元淡(行沖)は反論し、嫡子の三年斬衰服が官を辞さない例を引き、父在為母は免官・期喪・心喪三年とするのが堯舜以来の道であると論じた。
  • 開元七年、玄宗は「服紀は一に古制による」と詔したが、実際の運用は期而禫・期而終三年・三年斬衰など人により分かれた。履冰は官のまま没した。