新唐書卷一百九十六 列傳第一百二十一 王友貞

王友貞

  • 王友貞は懐州河内の人。父の王知敬は書隷に優れ武后時代に麟台少監となった。王友貞は司経局正字から始まり、母の病に「人肉を食せば癒える」との医言に従い自ら股肉を刲いて進めると母の病は癒えた。詔で門を旌表された。学を好み子弟の訓育に厳しく、他人の過ちを口にせず信義を重んじ君子と称された。長水令から辞して帰郷、中宗が東宮のとき司儀郎に召されたが応じなかった。神龍初、太子中舎人として招かれたが病を理由に固辞、珍味の下賜と終身の全禄が与えられ州県が存問した。玄宗が東宮のとき蒲車で召されたが至らず、享年九十九で没し銀青光禄大夫を追贈され県令が弔祭した。