新唐書卷一百八十二 列傳第一百七 盧簡方

辺境防衛の実績

  • 盧簡方、系譜は伝わらず、どのように登用されたかも分からない。盧鈞が太原を鎮めた際、節度府判官に表挙された。党項羌が叛いた際、鈞は簡方に兵を督させ辺境に赴かせ、河に沿って険阻な地を選び、樹や柵を集めて砦を築かせ、神山から鹿泉県に至る三百里にわたって要衝を扼させたため、賊は自由に動けず、哨戒も便利になった。江州刺史に累遷した。大同軍防禦使に転じ、屯田を大いに開き、兵を訓練して戦意を高めたため、沙陀は畏れて服属した。義昌節度使に抜擢され、入朝して太僕卿を拝し、大同節度を領した。久しくして振武軍に転じ、道中で病没した。