新唐書卷一百七十五 列傳第百 劉棲楚

劉棲楚

  • 出自は寒微。鎮州の小吏から王承宗に才を認められ李逢吉に推薦され鄧州司倉参軍から右拾遺に抜擢。逢吉の裴度罷免・李紳追放の陰謀に加担した。敬宗即位で帝の遊興を諫める上疏(額を叩き流血しながらの直諫)を行い、逢吉に「叩頭無用、詔を待て」と伝えられても「聴かれねば死をもって諫める」と述べ帝を動かした。起居郎に転じ病を称して洛陽に帰るが、後に「あの直言の人物はどこか」との帝の問いで諫議大夫に召還され、まもなく異例の刑部侍郎宣授(逢吉の私的な推挙)を受けた。
  • 京兆尹として峻厳な統治を行い、北軍に籍を置く悪少年の横暴(衣冠の者への狼藉)を一掃、軍中の秩序も引き締めた。しかし詭激な性格で権力を頼みに出世を図り、宰相への厳しい態度が韋処厚に憎まれ桂管観察使に出された。贈左散騎常侍。