新唐書卷一百七十一 列傳第九十六 王沛

王沛

  • 許州許昌の人。勇断で知られ、節度使上官涚に娘婿として登用され牙門将。涚没後、他の娘婿田偁が軍権簒奪を企てたのを密告し支党を一掃、行軍司馬に抜擢された。劉昌裔の推薦で監察御史となり、徳宗に涚の喪送還の功を厚く評価された。
  • 李光顏の淮西討伐で行営兵馬使として溵水を強行渡河し要衝を確保、河陽・宣武・太原・魏博等軍の渡河を可能にし、蔡将鄧懷金の投降を導いた。淄青平定にも従い、邠寧防衛でも功を立て寧州刺史、陳州刺史。
  • 李の乱討伐で忠武節度副使、兗海沂密節度使。軍政を厳正に整え、検校工部尚書として忠武節度使に転じ、太和元年(827年)没した。贈尚書右僕射。

王逢――沛の子

  • 父に従い征伐を重ね忠武都知兵馬使。太和中、諸衛将軍。劉沔・石雄の回鶻討伐に従軍時、無功の兵2千への恩賞給付要求を「功なくして賞を与えては士気を損なう」と拒んだ。武宗が厳格すぎると李徳裕に諭させても「戦は白刃を踏む覚悟でこそ、法を曲げては誰が命を賭けるか」と主張を通した。劉稹討伐にも従軍し検校右散騎常侍。