新唐書卷一百六十三 列傳第八十八 馬總

馬總

  • 馬總、字は会元。姚南仲の府で監軍薛盈珍の讒言に連座して貶されたが免れた。安南都護として清廉な統治で獠夷を安んじ、伏波将軍の故事に倣い銅柱を建てた。裴度の淮西宣慰副使として呉元済平定を助け、彰義(後の淮西)節度使として蔡州の風俗を教化した。李師道平定後は天平軍節度使となった。篤学で戦地でも書を離さなかった。

  • 孔巢父は正義を恃みとし多くの不肖者に逆らったが、権謀を用いなかったため命を落とした。穆寧・崔邠はいずれも「邦の司直」と呼ぶべき人物で、後世に子孫が栄えた。柳公綽は仁にして勇、楊於陵は方重、馬総は沈懿と、いずれも大臣の風格を備えながら宰相の任には至らなかった。時運に恵まれなかったのであろうか。穆・崔・柳の三家は代々孝友で知られた家門であり、君子の遺沢は遠く及ぶものである。