新唐書卷一百六十二 列傳第八十七 獨孤及

獨孤及

  • 獨孤及、字は至之。河南洛陽の人。幼時『孝経』を読み「立身行道、揚名於後世」を志と答えて宗族に才を認められた。代宗即位後、左拾遺として上疏し「陛下は直言を求めながら実際には諫言を用いていない」と諫めた。師興十年の疲弊を指摘し、天変地異を天意の警告として反躬自省を求めた。江淮・山南の兵員削減による財政再建も提言した。
  • 太常博士として景皇帝の太祖位や呂諲・盧奕・郭知運らの諡号の議定に関わった。濠・舒二州刺史として飢饉時に善政を敷き、常州刺史として甘露が降るほどの善政を評された。53歳で没し、諡は憲。梁肅・高参・崔元翰・陳京・唐次・齊抗らを見出し、晩年は琴を嗜み眼疾を治療せず「聴くことに専念したい」と語った。

及子 朗

  • 獨孤朗、字は用晦。観察使を鹽鉄使に兼任させる建言、武元衡暗殺犯捜索の強化を求めて憲宗の意に逆らい興元に左遷された。宦官による崔発の暴行を弾劾し、御史の任免の私物化に抵抗するなど、諫官として直言を貫いた。福建観察使として在任中に発病し没した。

及子 郁

  • 獨孤郁、字は古風。権徳輿に評価されその娘婿となった。呉突承璀の王承宗討伐に反対を貫き、翰林学士に抜擢された。徳宗は権德輿の娘婿を得たことを羨んだという。40歳で没し、絳州刺史を贈られた。宰相候補と目されながら早世が惜しまれた。子の庠は父の死に激しく哀慟し、後に尚書丞に至った。