新唐書卷一百四十七 列傳第七十二 李元素
生涯
- 李元素は字を大樸といい、邢国公李密の裔孫。御史として、東都留守杜亜による大将令狐運への冤罪事件を巡り、朝廷から派遣され冤罪を明らかにしたが、杜亜の巧妙な反撃で一時苦境に陥った。帝に真実を訴え、令狐運の冤罪を証明した(ただし令狐運は擅捕の罪で流刑となり途中で死去)。
- 給事中を経て鄭滑節度使、御史大夫。夙望を持って登用されたが実質的な功績を上げられず不満を漏らし、周囲の期待を裏切った。李锜の乱後、浙西節度使、国子祭酒、戸部尚書・判度支を歴任。
- 私生活では妻(王方慶の孫)を疎んじ出奔させた事件で朝廷の非難を受け、財産分与を命じられた。死去、陝州大都督追贈。