新唐書卷一百四十七 列傳第七十二 王虔休

生涯

  • 王虔休は字を君佐といい、汝州梁の人。学識と武勇で知られた。李抱真の下で戦功を重ね同昌郡王。李抱真死後の後継争いで一軍を「王の軍、王の土である、天子の命を待つべき」と説得し混乱を防いだ。徳宗はこれを賞し潞州左司馬・留後、延貴から虔休へ改名を賜った。
  • 軍司馬元誼の反乱を鎮圧、昭義節度使、検校工部尚書。属城の統治体制を整え、俸給を増して現地赴任を徹底させた。63歳で死去、尚書左僕射追贈、諡は敬。
  • 節倹で知られ、没後も帑廩に数年分の蓄えがあった。太常楽家劉玠作の『継天誕聖楽』を帝の誕生日に献上した逸話がある。子の王麗成ら十人はいずれも太学生に補された。