新唐書卷一百二十八 列傳第五十三 畢構
抗論の士
- 畢構、字は隆択、河南偃師の人。6歳で文を能くし、進士及第。武后に召され左拾遺。神龍初、中書舎人として敬暉らの武氏排斥表を読み上げた縁で武三思に疎まれ潤州刺史に左遷。衛・同・陝三州を経て益州府長史。
- 景龍末、左御史大夫として諸韋一族の粛清を公平に処理。李傑と並び「畢李」と称された。魏県男。剣南按察使として清厳な政治。睿宗に高く評価され璽書・袍帯を賜る。吏部尚書・広州都督を歴任。
- 玄宗立、河南尹、戸部尚書。病のため太子詹事に転じるが没、黄門監・謚景。継母を篤く養い、弟妹を育てた家庭的な逸話が伝わる。子炕は天宝末に広平太守として安禄山に抗し一家全滅、戸部尚書を贈られた。