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新唐書
卷一百十二 列傳第三十七 王求禮
剛直の諫言
許州長社の人。武后の明堂造営の奢侈を批判し、契丹の乱での武懿宗の失態と華人責任転嫁を厳しく弾劾(「懿宗の首を斬って河北に謝罪すべき」)。
財政窮乏時の京官俸禄削減案に対し、宰相豆盧欽望を「万鐘の禄をなぜ削らぬのか」と面詰した。
久視二(700年)年三月の大雪を「瑞」とする群臣の祝賀を「陰陽の乱れによる災異」と論破した剛直さで知られるが、そのため官途は振るわず衛王府参軍で終わった。
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