新唐書卷一百十一 列傳第三十六 郭孝恪

亀茲攻略と最期

  • 許州陽翟の人。李密に従い黎陽を守り、密の敗北後に李勣を通じて唐に帰順、宋州刺史。竇建德援軍の際、秦王に武牢固守の策を献じ功を挙げた。貝・趙・江・涇四州刺史を歴任。
  • 貞觀十六(642年)年、涼州都督から安西都護・西州刺史。高昌旧都の民心を得て、焉耆王の反乱を討ち王を捕らえた。
  • 昆丘道副大総管として亀茲を攻略するが、国相那利の反撃への備えを怠り、混戦の中で流矢に当たり戦死(子待詔も戦死)。太宗は斥候の不備を責めて官を奪ったが、憐れんで哀悼した。高宗即位後、官爵を追復。
  • 次子待封は左豹韜衛将軍として薛仁貴の吐蕃討伐に副将で従うが大非川で敗れ、死罪を減じられ庶民となった。