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新唐書
卷一百六 列傳第三十一 趙弘智
孝経進講
河南新安の人。元魏の車騎大将軍粛の孫。孝行と学識で知られ、太子舎人から黄門侍郎、萊州刺史・太子右庶子を歴任した。
高宗の前で『孝経』を講じ、諸儒の質問に淀みなく答え「天子には争臣七人あれば無道でも天下を失わず」の一節を進言、絹二百・名馬一を賜った。国子祭酒として82歳で没し諡は宣。
曾孫 来章
曾孫の矜は舞陽主簿となり反乱に対して県を挙げて帰順、柳州で客死した。子の来章は17年後に父の遺骸を探し当て、弘安の墓に合葬した孝行が語り継がれた。
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