新唐書卷九十二 列傳第十七 杜伏威
呉王から唐への帰順
- 杜伏威、齊州章丘の人。輔公祏と刎頸の交わりを結び、十六歳で共に盗賊となった。苗海潮・趙破陣ら群盗を計略で従え、隋の宋顥・来整・陳棱らを撃破して江淮に勢力を広げた。歴陽を拠点に総管を称し、士人を用いて統治を整えた。武徳年間、唐に帰順し呉王、姓を賜り宗室に列せられた。太子太保として長安に留まり、武徳七年(624年)雲母の毒により急死した。輔公祏の反乱後、一度は官爵を削られ財産を没収されたが、貞観元年(627年)冤罪と判明し名誉を回復した。
闞棱
- 闞棱、杜伏威の同郷。長刀「陌刀」の使い手として知られ左将軍。輔公祏の反乱討伐で戦功があったが、公祏誅殺後の財産処理を巡り趙郡王李孝恭と対立し、謀反の誣告により誅された。
王雄誕
- 王雄誕、曹州濟陰の人。杜伏威を幾度も窮地から救い「小将軍」と呼ばれた驍将。李子通・汪華・聞人遂安らを撃破し歙州総管・宜春郡公。輔公祏の反乱に際し忠義を貫き従わなかったため縊殺された。太宗即位後、左驍衛大将軍・越州都督・忠を追贈された。