新唐書卷八十八 列傳第十三 劉文靜
太原起兵の首謀者
- 劉文靜、字は肇仁。父の劉韶は隋に戦死し上儀同三司を追贈された。晉陽令として裴寂と親しく交わり、共に「豪傑の資」を語り合った。
- 秦王李世民に見出され、獄中で「湯武でなければこの乱世を平らげられない」と説き、太原の豪傑・関中の空虚を挙げて挙兵を勧めた。裴寂を介して高祖を説得し、突厥との連和(始畢可汗との交渉)を成功させ二千騎と馬千匹を得た。潼関で屈突通の将桑顯和を破り、大丞相府司馬・光禄大夫・魯国公に進んだ。
- 唐建国後、納言となったが裴寂への待遇差に不満を募らせ、酒席での放言(「当斬寂」)が妾の密告により露見。李綱・蕭瑀・秦王らの弁護もむなしく、高祖と裴寂の意向により処刑された(年五十二)。臨刑に「高鳥尽き良弓蔵る、果たして妄ならず」と嘆いた。貞観三年(629年)官爵を追復されたが、子の樹義は後に謀反で誅された。