新唐書卷六十六 表第六 方鎮三

方鎮表三(河中・澤潞沁・成德・義武・幽州・魏博・橫海、710年-907年)

以下、年ごとに各方鎮(軍鎮)の設置・改廃・管轄州の増減を記す。空欄の年・欄は原表のとおり異動なし。

西暦 年号 河中 澤潞沁 成德 義武 幽州 魏博 橫海
710年 景雲元年
711年 二年
712年 先天元年
713年 開元元年 幽州に防禦大使を置く。
714年 二年 幽州節度・諸州軍管内経略・鎮守大使を置き、幽・易・平・檀・媯・燕の六州を領し、幽州を治所とする。営平鎮守を置き、太平州を治所とする。
715年 三年
716年 四年
717年 五年 營州に平盧軍使を置く。
718年 六年
719年 七年 平盧軍使を昇格させ平盧軍節度・経略・河北支度・管内諸蕃及び営田等使とし、安東都護及び営・遼・燕の三州を兼領する。
720年 八年 幽州節度、本軍州経略大使を兼ね、あわせて河北諸軍大使を節度する。
721年 九年
722年 十年
723年 十一年
724年 十二年
725年 十三年 滄州に橫海軍使を置く。
726年 十四年
727年 十五年 幽州節度大使、河北支度営田使を兼ねる。
728年 十六年
729年 十七年
730年 十八年 幽州節度、薊・滄の二州を増領する。
731年 十九年
732年 二十年 幽州節度使、河北採訪処置使を兼ね、衛・相・洺・貝・冀・魏・深・趙・恆・定・邢・德・博・棣・營・鄚の十六州及び安東都護府を増領する。
733年 二十一年
734年 二十二年
735年 二十三年
736年 二十四年
737年 二十五年
738年 二十六年
739年 二十七年 幽州節度使、河北海運使を増領する。
740年 二十八年 平盧軍節度使、押両蕃・渤海・黒水四府経略処置使を兼ねる。
741年 二十九年 幽州節度副使、平盧軍節度副使を領し、順化州を治所とする。
742年 天宝元年 幽州節度使を改めて范陽節度使とし、歸順・歸德の二郡を増領する。
743年 二年 平盧軍節度使、遼西故城を治所とし、副都護、保定軍使を領する。
744年 三載
745年 四載
746年 五載
747年 六載
748年 七載
749年 八載
750年 九載
751年 十載
752年 十一載
753年 十二載
754年 十三載
755年 十四載
756年 至徳元載 河中防禦守捉蒲関使を置く。 澤潞沁節度使を置き、潞州を治所とする。
757年 二載 河中防禦を昇格させ河中節度とし、蒲関防禦使を兼ね、蒲・晋・絳・隰・慈・虢・同の七州を領し、蒲州を治所とする。
758年 乾元元年
759年 二年 河中節度、河中尹・耀德軍使を兼ねる。虢州を陝華節度に隷せしめる。
760年 上元元年
761年 二年 河中節度、沁州を増領し、同州を鎮国軍節度に隷せしめる。この年、再び沁州を澤潞節度に隷せしめる。 澤潞節度、沁州を増領する。 滄・德・棣の三州を淄沂節度に、衛・相・貝・魏・博の五州を滑衛節度に隷せしめる。
762年 宝応元年 澤潞節度、鄭州を増領し、また陳・邢・洺・趙の四州を増領する。この年、趙州を成德軍節度に隷せしめる。 成德軍節度使を置き、恆・定・易・趙・深の五州を領し、恆州を治所とする。 范陽節度使、再び幽州節度使となる。平盧が陥落するに及んで、また盧龍節度使を兼ねる。恆・定・易・趙・深の五州を成德軍節度に、邢州を澤潞節度に隷せしめ、平盧防禦本軍営田使を置く。
763年 広徳元年 相衛節度使を置き、相州を治所とする。この年、貝・邢・洺を増領し、洺相節度と号する。衛州は再び澤潞に隷すが、まもなく再びこれを領し、相衛六州節度使と号する。この年、河陽三城を増領する。澤潞節度、懷・衛の二州を増領するが、まもなく衛州を相衛節度に還す。 成德軍節度、冀州を増領する。 冀州を成德軍節度に隷せしめ、順・易・歸順の三州の領有を罷める。 魏博等州防禦使を置き、魏・博・貝・瀛・滄の五州を領し、魏州を治所とする。この年、節度使に昇格し、德州を増領する。瀛・滄の二州を淄青平盧節度に、貝州を洺相節度に隷せしめるが、まもなく再び瀛・滄の二州を領する。
764年 二年 河中節度を廃し、河中五州都団練観察使を置く。
765年 永泰元年
766年 大暦元年 相衛六州節度に昭義軍節度の号を賜う。後に田承嗣が相・衛・洺・貝の四州を盗み取り、残るのは二州のみとなった。
767年 二年
768年 三年
769年 四年 澤潞節度、潁州を増領する。
770年 五年 潁・鄭の二州、皆涇原節度に隷す。
771年 六年
772年 七年 魏博節度、澶州を増領する。
773年 八年
774年 九年
775年 十年 成德軍節度、滄州を増領する。 瀛州を幽州盧龍節度に、滄州を義武軍節度に、德州を淄青平盧節度に隷せしめる。
776年 十一年 魏博節度、衛・相・洺・貝の四州を増領する。
777年 十二年
778年 十三年
779年 十四年
780年 建中元年 昭義軍節度、澤・潞の二州を兼領し、治所を潞州に徙す。
781年 二年 昭義軍節度、懷・衛の二州、河陽三城の領有を罷める。 燕州を省く。
782年 三年 昭義軍節度、洺州を増領し、趙州を深趙節度に隷せしめる。 成德軍節度を罷め、恆冀都団練観察使を置き恆州を治所とする。深趙都団練観察使を置き趙州を治所とする。 義武軍を置く。 幽州節度、再び德・棣の二州を領するが、後にこの二州は再び成德軍節度に隷す。
783年 四年
784年 興元元年 晋慈隰節度使を置き、晋州を治所とする。まもなく罷め、再び河中節度使を置き、河中府・同・絳・虢・陝の四州を領する。 恆冀・深趙の二観察を廃し、再び成德軍節度使を置き、恆・冀・趙・深の四州を領し、恆州を治所とする。
785年 貞元元年 河中節度、陝・虢の二州の領有を罷める。 成德軍節度、德・棣の二州を増領する。 德・棣二州都団練守捉使を置く。
786年 二年
787年 三年 陳州を陳許節度に隷せしめる。 橫海軍節度使を置き、滄・景の二州を領し、滄州を治所とする。
788年 四年 晋慈隰防禦観察使を置く。
789年 五年
790年 六年
791年 七年
792年 八年
793年 九年
794年 十年
795年 十一年
796年 十二年
797年 十三年
798年 十四年
799年 十五年 河中節度を罷め、河中防禦観察使を置く。
800年 十六年 再び河中節度使を置く。
801年 十七年
802年 十八年
803年 十九年
804年 二十年
805年 永貞元年
806年 元和元年
807年 二年
808年 三年 晋慈隰観察使を罷め、三州を河中節度に隷せしめる。
809年 四年 德・棣の二州を保信軍節度に隷せしめる。 保信軍節度使を置き、德・棣の二州を領し、德州を治所とする。
810年 五年 成德軍節度、再び德・棣の二州を領する。 保信軍節度使を廃し、德・棣の二州を成德軍節度に隷せしめる。
811年 六年
812年 七年
813年 八年
814年 九年
815年 十年
816年 十一年
817年 十二年
818年 十三年 德・棣の二州を橫海節度に隷せしめる。
819年 十四年 河中節度を罷め、河中都防禦観察使を置く。
820年 十五年 再び河中節度使を置く。
821年 長慶元年 深冀節度を置き、深州を治所とするが、まもなく罷め、再び深冀を成德軍節度に隷せしめる。 幽州節度、瀛・莫の二州の領有を罷め、瀛莫都団練観察使を置き瀛州を治所とし、まもなく節度使に昇格する。 德・棣二州観察処置使を置く。景州を省く。
822年 二年 晋慈都団練観察使を置き、晋州を治所とする。 幽州節度、再び瀛・莫の二州を領する。瀛莫節度使を廃す。 德・棣二州観察処置使を罷める。橫海節度使、再び景州を領する。
823年 三年
824年 四年
825年 宝暦元年
826年 二年
827年 大和元年 晋慈観察使を昇格させ保義軍節度とする。この年これを罷め、二州を河中節度に隷せしめる。 橫海節度、齊州を増領する。
828年 二年
829年 三年 相・衛・澶三州節度使を置き、相州を治所とするが、まもなく罷め、三州は再び魏博に隷す。 橫海節度を罷め、改めて齊德節度使を置き、德州を治所とする。まもなく廃し、再び置き、名を齊滄德節度使と更める。
830年 四年 景州を省く。
831年 五年 齊德滄節度使に義昌軍節度の号を賜う。
832年 六年
833年 七年
834年 八年
835年 九年
836年 開成元年
837年 二年
838年 三年
839年 四年
840年 五年
841年 会昌元年
842年 二年
843年 三年
844年 四年 澤州を河陽節度に隷せしめる。
845年 五年
846年 六年
847年 大中元年
848年 二年
849年 三年
850年 四年
851年 五年
852年 六年
853年 七年
854年 八年
855年 九年
856年 十年
857年 十一年
858年 十二年
859年 十三年
860年 咸通元年
861年 二年
862年 三年
863年 四年
864年 五年
865年 六年
866年 七年
867年 八年
868年 九年
869年 十年
870年 十一年
871年 十二年
872年 十三年
873年 十四年
874年 乾符元年
875年 二年
876年 三年
877年 四年
878年 五年
879年 六年
880年 広明元年
881年 中和元年
882年 二年 節度使孟方立、昭義軍を邢州に徙し、あわせて潞州を兼領する。これより五州に二つの昭義節度が存在するようになった。
883年 三年
884年 四年
885年 光啓元年 河中節度に護国軍節度の号を賜う。
886年 二年
887年 三年
888年 文徳元年
889年 龍紀元年
890年 大順元年
891年 二年
892年 景福元年 義昌軍節度、再び景州を領する。
893年 二年
894年 乾寧元年
895年 二年 齊州を武粛軍節度に隷せしめる。
896年 三年
897年 四年
898年 光化元年
899年 二年
900年 三年
901年 天復元年 二つの昭義軍節度が合わさって一つとなり、再び澤州を領する。 平・營・瀛・莫等州観察使を置く。
902年 二年
903年 三年
904年 天祐元年 魏博節度に天雄軍節度の号を賜う。
905年 二年 成德軍節度の号を改めて武順軍節度とする。
906年 三年
907年 四年