凶礼総説
- 五に凶礼という。
- 周礼の五礼では、二番目が凶礼であった。唐初、その次第を五番目に移し、李義府・許敬宗は凶事は臣子の言うべきことでないとして国卹の一篇を去ってしまい、これにより天子の凶礼が欠けることとなった。国に大故があれば、いずれもその都度採り集め附会して事に当たり、事が終われば諱んで伝えなかったため、後世には考える術がない。開元の制礼に至って、ただ天子が水旱を賑卹し、使を遣わして問疾し、死を弔い、挙哀し、除服し、喪に臨み、冊贈するといった類のみが著され、五服及び諸臣の喪葬・衰麻・哭泣についてはかなり詳しく記された。
四方の水旱蝗への使者派遣
- すべて四方に水・旱・蝗があれば、天子は使者に節を持たせその州に至らせる。庭に位し、使者は南面し節を持つ者はその東南に、長官は北面し、寮佐・正長・老人はその後にいて、再拝して制書を授かる。
- 問疾もまた同様である。主人は使者を門外に迎え、使者は東面し主人は西面し、再拝して入る。婦人の疾を問う場合は、労問を受ける者が北面する。
皇帝の問疾・挙哀・除服・臨喪の礼
- 挙哀の日には、別殿に位を設け、文武三品以上は庭で哭し、四品以下は門外で哭する。有司が「中厳」「外辦」を版奏する。皇帝がすでに服を変えて哭し、その後に百官内外の在位者がみな哭する、十五たび音を挙げ、哭を止めて慰めを奉る。除服もまた同様である。皇帝の服は、一品には錫衰、三品以上には緦衰、四品以下には疑衰を用いる。期を服する者は三朝晡で止め、大功は朝晡で止め、小功以下は一哀で止める。晡には百官は集まらない。もし蕃国君長の喪であれば、城外に次を設けその国に向かって哭し、五たび音を挙げて止める。
- 喪に臨む場合、大次をその門の西に設け、素裀の榻を堂上に設ける。皇帝は小駕・鹵簿で四望車に乗り、警蹕し、鼓吹は備えるが奏さない。皇帝が大次に至り素服に易え、従官もみな服を易えるが侍臣はそうしない。皇帝が次を出ると、喪主人は絰を免れ杖を釈き門外で哭し、乗輿を望見すると哭を止めて再拝し、まず門に入って右に西向く。皇帝は堂に至り阼階より登り哭位に即く。巫・祝各一人がまず登り、巫は桃を執り東南に立ち、祝は茢を執り西南に立ち、戈を持つ者四人が前後して随い登る。喪主人が庭に入り再拝し、勅で引かれて登り戸内の東に西向きに立つ。皇帝が出ると喪主人は門外で拝し送る。皇帝は次で服を変え、それから廬に還る。文武は常服とする。皇帝が車に登ると鼓吹は奏さずに入る。
- 勅使をもって冊贈する場合は、冊を朝堂で受け犢車に載せ鹵簿を備えて第に至る。妃主には内侍を使とし、贈る物には蠟印を画した綬を用いる。冊贈は必ずその啓葬に因り、すでに葬れば霊寝で受け、すでに除けば廟で受ける。主人は公服で哭さず、あるいは単衣に介幘を着ける。受けるには必ず祭りがあり、未だ廟でなければ寝で受ける。
五服の制
- 斬衰三年。正服は、子が父のため、女子子で室に在る者及びすでに嫁いで室に反った者が父のため。加服は、嫡孫で後を継ぐ者が祖父のため、父が長子のため。義服は、人の後となった者がその後にした父のため、妻が夫のため、妾が君のため、国官が君のためとする。王公以下は三月で葬り、葬れば虞し、三虞にして哭を卒える。十三月で小祥、二十五月で大祥、二十七月で禫祭を行う。
- 斉衰三年。正服は、子が父在りて母のため。加服は、祖の後となった者が、祖が卒すれば祖母のため、母が長子のため。義服は、継母・慈母のため、継母が長子のため、妾が君の長子のため。
- 斉衰杖周。降服は、父卒し母が嫁ぎ、また出された妻の子が母のため(報も服はまた同様)。正服は、祖の後となった者が、祖在りて祖母のため。義服は、父卒し継母が嫁ぐ場合これに従ってこれに服する(報あり)、夫が妻のため。
- 斉衰不杖周。正服は、祖父母のため、伯叔父のため、兄弟のため、衆子のため、兄弟の子及び女子子で室に在る者と適人した者のため、嫡孫のため、姑・姊妹で夫と子のない者のため(報あり)、女子子で適人した者が祖父母のため、妾がその子のため。加服は、女子子で適人した者が兄弟で父の後となった者のため。降服は、妾がその父母のため、人の後となった者がその父母のため(報あり)、女子子で適人した者がその父母のため。義服は、伯叔母のため、継父で同居する者のため、妾が嫡妻のため、妾が君の庶子のため、婦が舅姑のため、夫の兄弟の子のため、舅姑が嫡婦のため。
- 斉衰五月。正服は、曾祖父母のため、女子子で室に在る者及び嫁いだ者もまた同様とする。
- 斉衰三月。正服は、高祖父母のため、女子子で室に在る者及び嫁いだ者もまた同様とする。義服は、継父で同居しない者のため。
- 父卒し母が嫁いだ場合、出された妻の子が母のため、及び祖の後となり祖在りて祖母のためは、周で除いても心喪三年をなお行う。
- 大功は、長殤九月、中殤七月。正服は、子・女子子の長殤・中殤のため、叔父の長殤・中殤のため、姑・姊妹の長殤・中殤のため、兄弟の長殤・中殤のため、嫡孫の長殤・中殤のため、兄弟の子・女子の長殤・中殤のため。義服は、夫の兄弟の子・女子子の長殤・中殤のため。成人九月の正服は、従兄弟のため、庶孫のため。降服は、女子子で適人した者のため、姑・姊妹で適人した者のため(報あり)、出された母が女子子で適人した者のため、兄弟の女で適人した者のため(報あり)、人の後となった者がその兄弟と姑・姊妹で室に在る者のため(報あり)。義服は、夫の祖父母と伯叔父母のため(報あり)、夫の兄弟の女で適人した者のため(報あり)、夫が人の後となった場合その妻が本生の舅姑のため、衆子の婦のため。
- 小功五月殤。正服は、子・女子子の下殤のため、叔父の下殤のため、姑・姊妹の下殤のため、兄弟の下殤のため、嫡孫の下殤のため、兄弟の子・女子子の下殤のため、従兄弟姊妹の長殤のため、庶孫の長殤のため。降服は、人の後となった者がその兄弟の長殤のため、出嫁した姑が姪の長殤のため、人の後となった者がその姑・姊妹の長殤のため。義服は、夫の兄弟の子・女子子の下殤のため、夫の叔父の長殤のため。成人の正服は、従祖祖父のため(報あり)、従祖父のため(報あり)、従祖姑・姊妹で室に在る者のため(報あり)、従祖兄弟のため(報あり)、従祖祖姑で室に在る者のため(報あり)、外祖父母のため、舅及び従母のため(報あり)。降服は、従父姊妹で適人した者のため(報あり)、孫女で適人した者のため、人の後となった者がその姑・姊妹で適人した者のため(報あり)。義服は、従祖祖母のため(報あり)、従祖母のため(報あり)、夫の姑・姊妹で室に在る者及び適人した者のため(報あり)、娣姒婦のため(報あり)、同母異父の兄弟姊妹のため(報あり)、嫡母の父母兄弟従母のため、嫡母以外に己を慈しんだ庶母のため、嫡孫の婦のため、母が出された場合、継母の父母兄弟従母のため、嫂叔のため(報あり)。
- 緦麻三月殤。正服は、従父兄弟姊妹の中殤・下殤のため、庶孫の中殤・下殤のため、従祖叔父の長殤のため、従祖兄弟の長殤のため、舅及び従母の長殤のため、従父兄弟の子の長殤のため、兄弟の孫の長殤のため、従祖姑・姊妹の長殤のため。降服は、人の後となった者がその兄弟の中殤・下殤のため、姪の中殤・下殤のため、出嫁した姑がこれに報する場合、人の後となった者がその姑・姊妹の中殤・下殤のため。義服は、人の後となった者が従父兄弟の長殤のため、夫の叔父の中殤・下殤のため、夫の姑・姊妹の長殤のため。成人の正服は、族兄弟のため、族曾祖父のため(報あり)、族祖父のため(報あり)、族父のため(報あり)、外孫のため、曾孫・玄孫のため、従母兄弟姊妹のため、姑の子のため、舅の子のため、族曾祖姑で室に在る者のため(報あり)、族祖姑で室に在る者のため(報あり)、族姑で室に在る者のため(報あり)。降服は、従祖姑・姊妹で適人した者のため(報あり)、女子子で適人した者が従祖父のため、庶子で父の後となった者がその母のため、従祖姑で適人した者のため(報あり)、人の後となった者が外祖父母のため、兄弟の孫女で適人した者のため(報あり)。義服は、族曾祖母のため(報あり)、族祖母のため(報あり)、族母のため(報あり)、庶孫の婦のため、女子子で適人した者が従祖伯叔母のため、庶母のため、乳母のため、壻のため、妻の父母のため、夫の曾祖・高祖父母のため、夫の従祖祖父母のため(報あり)、夫の従祖父母のため(報あり)、夫の外祖父母のため(報あり)、従祖兄弟の子のため、夫の従父兄弟の妻のため、夫の従父姊妹で室に在る者及び適人した者のため、夫の舅及び従母のため(報あり)。改葬には、子が父母のため、妻妾がその夫のためとし、その冠服・杖・屨はいずれも儀礼に依る。皇家で絶えた傍親で服のない者は、皇弟・皇子がこれに服するときみな一等を降す。
太宗以降の服制の変遷
- かつて太宗は同爨(同じ竈で食する者)は緦の服を着るのに嫂叔にはかえって服がなく、舅と従母は親等が等しいのに服が異なることを疑い、侍中魏徴・礼部侍郎令狐徳棻らに議させた。「舅は母の族、姨は外戚で他姓なので、舅は本来重んじられるべきなのに服は一時に止まり、姨の喪はかえって五月であるのは、古人が至らなかったところである。曾祖父母への斉衰三月の服に、斉衰五月を増す。適子婦の大功に期を増し、衆子婦の小功に大功を増す。嫂叔の服は小功五月とし報とする。その弟の妻及び夫の兄もまた小功とする。舅の服は緦であるが、従母とともに小功に増すこととされたい」との議であった。しかし律疏の舅が甥に報する服はなお緦のままであった。顕慶中、長孫无忌は甥が舅に服するのは従母と同じにすべきであり、舅もまた従母と同じく報に進めるべきだとした。また古の庶母には緦があったが今は服がなく、しかも庶母の子は昆弟であり、これに杖斉を服するのに同気でありながら吉凶が異なるのは不当だとして、このときから庶母にも緦の服を改めて着けることとなった。上元元年、武后は「父在りても母には三年服す」ことを請うた。開元五年、右補闕盧履冰が「礼では父在りて母には期を服すのに、今三年服するのは誤りであり、旧章のようにすべき」と言った。そこで舅及び嫂叔の服もあわせて議させることが詔されたが、久しく決着しなかった。二十年、中書令蕭嵩らが五礼を改修し、そこで父在りて母には斉衰三年と定まった。
諸臣の喪――初終の礼
- 疾があれば正寝で齋し、東首・北墉の下に臥す。疾が重くなれば衣を去り新しい衣を加え、楽を徹し内外を清掃する。四人が坐して手足を持ち、遺言があれば書き属纊する。気が絶えれば地に寝かせる。男子は白布の衣を着け髪を被り徒跣とし、婦人女子は青縑の衣を着け首飾を去る。斉衰以下は、丈夫は素冠とする。主人は牀の東に坐し啼踊すること数なし。衆主人はその後にいて、兄弟の子以下はさらにその後にいて、みな西面南上に哭する。妻は牀の西に坐し、妾及び女子はその後にいて、哭踊すること数なし。兄弟の女以下はさらにその後にいて、みな東面南上に籍藁して坐し哭する。内外の際は行帷で隔てる。祖父以下は帷の東北壁の下に南面西上とし、祖母以下は帷の西北壁に南面東上とする。外姻の丈夫は戸外の東で北面西上とし、婦人は主婦の西北で南面東上とする。すべて内喪では、尊行の丈夫及び外親の丈夫の席位を前堂・戸外の左右にいずれも南面で設ける。宗親は戸の東で西上、外親は戸の西で東上とする。すべて喪では、いずれも服の精粗を序とし、国官の位は門内の東・重行北面西上とし、いずれも衺巾帕頭で舒薦して坐す。参佐の位は門内の西・重行北面東上とし、素服でみな席を舒べて坐し哭する。斬衰は三日食べず、斉衰は二日食べず、大功は三食を欠き、小功・緦麻は二食を欠く。
復(招魂)
- 正寝で復を行う。復者三人が死者の上服を左に荷い、前の東霤より登り屋根の危に当たって履み、北面西上する。左手で領を、右手で腰を執り、左に招く。招くごとに長声で「某よ、復れ」と呼び、三たび呼んで止め、衣を前に投げ篋で承け、阼階より登って入り尸を覆う。
- それから室戸内の西に床を設け脚を去り、簟・枕を置き幄を施し裙を去る。牀に尸を遷し南首とし、斂衾で覆い死衣を去り、角柶で歯を楔い燕几で足を綴じ、校は南に置く。その内外の哭位は始死の儀のようにする。
- それから脯・醢を奠じ、酒には吉器を用いる。阼階より登り、尸の東・腢に当たって奠じる。内喪では贊者がいずれも戸外で受けてこれを設ける。
沐浴
- 沐浴。階間・近西に埳を掘る、南に順い広さ一尺・長さ二尺・深さ三尺とし、土を南に盛り、西牆の下に垼竈を東向きに作り沐を煮るのを俟つ。新しい盆・瓶・六鬲はいずれも濯って西階下に陳ねる。沐巾一・浴巾二には絺若しくは𥿭を用い笲に実れ、櫛は箱若しくは簟に実れ、浴衣は篋に実れ、いずれも西序の下・南上に具える。水で稷米を淅ぎ汁を取って煮て、また湯を汲んで浴を俟つ。盆に潘及び沐盤を盛り西階より登り沐する者に授け、沐する者は潘及び盤を執って入る。主人はみな戸の東に出て北面西上、主婦以下は戸の西に北面東上とし、ともに立って哭する。尊行の者は、丈夫は主人の東に北面西上、婦人は主婦の西に北面東上とし、ともに坐して哭する。婦人は帳を用いる。それから沐い櫛り、髪を組で束ね、巾で挋う。浴するときは四人で衾を挙げ、二人が浴し、巾で拭い浴衣で挋う。牀を尸の東に設け衽下莞上簟とする。浴する者が尸を挙げて牀を易え枕を設け、鬢を翦り爪を断つのは生前のようにし、小囊に盛って大斂で棺中に内れる。歯を楔った柶・浴巾はいずれも埳に埋め置く。明衣裳を衣せ方巾で面を覆い、なお大斂の衾で覆う。内外が入って位に就き哭する。
襲
- それから襲を行う。襲衣三稱、西領南上、明衣裳、舄一。帛巾一、方一尺八寸。充耳は白纊。面衣は玄で方一尺、纁裏、組繫。握手は玄纁裏、長さ一尺二寸、広さ五寸、内旁一寸を削り約め、綿組繫で著ける。庶襚は継いで陳ねるが用いない。まさに襲しようとするとき、牀席を西階の西に具え、内外がみな出て哭するのは浴のようにする。襲する者が牀で登り入って尸の東に設け、枕席を布いて襲を席に陳ねる。祝が巾を去り面衣を加え、充耳・握手を設け、舄若しくは履を納める。すでに襲すると、大斂の衾で覆い、内外が入り哭する。
唅(含玉)
- それから唅を行う。贊者が盤水及び笲を奉じる。一品から三品までは飯に粱を用い、唅に璧を用いる。四品から五品までは飯に稷を用い、唅に碧を用いる。六品から九品までは飯に粱を用い、唅に貝を用いる。堂に登り、唅する者が戸外で手を盥い、粱・璧を洗って笲に実れ、執って入る。祝が従って入り北面し枕を徹し衾を去り笲を受けて尸の東に奠じる。唅する者が牀の東に坐して西面し巾に穴を鑿ち、飯・唅を尸の口に納める。すでに唅すると主人が位に復する。
明旌・重
- それから明旌を作る。絳で幅一杯に広くする。一品から三品までは長さ九尺、杠を韜め、銘には「某官封の柩」と記し西階上に置く。四品から五品までは長さ八尺。六品から九品までは長さ六尺とする。
- 木を鑿って重を作る。一品から三品までは長さ八尺、横は半分、庭の三分の一・南に置く。四品から五品までは長さ七尺。六品から九品までは長さ六尺とする。沐に用いた米で粥を作り鬲に実れ疏布で蓋い竹蔤で繋ぎ重木に縣ける。葦席で覆う、北面し両端を屈めて後で交え西端を上にし竹蔤で綴じる。祝が銘を取り重に置く、殯堂の前楹の下、葦席で夾む。
小斂
- 小斂の衣は十九稱、朝服一、笏一を東序に西領北上に陳ねる。
- 奠を東堂の下に設ける、甒二に醴・酒を実れ、觶二、角柶一、少牢・腊三、籩・豆・俎各八とする。盆盥を饌の東に設け布巾とする。贊者が脯醢を辟き尸牀の西南に奠じる。
- それから斂を行う。牀席を堂の西に具え盆盥を西階の西に東方と同様に設ける。斂する者が盥い、服を執る者とともに斂衣を持って入り、喪者は東西いずれも少し退き、内外が哭する。すでに斂すると夷衾で覆い、牀を堂上・両楹の間に設ける、衽下莞上簟とし枕を置く。斂を卒えると帷を開き、主人以下は西面して憑いて哭し、主婦以下は東面して憑いて哭し、退く。
- それから斂髪して奠じる。贊者が手を盥い饌を奉じ階に至り登って尸の東に設ける。醴・酒を饌の南に奠じ西上とし、俎は祝が巾を受けてこれに巾を掛ける。奠する者が襲を徹し奠じ、西階より降りて出る。帷を下ろし、内外がともに坐して哭する。国官・僚佐がいれば官をもって代わって哭し、いなければ親疎をもって行う。夜には庭で燎を作り明け方に燎を滅す。
大斂
- それから大斂を行う。衣三十稱、上服一稱、冕には簪・導・纓を具え(内喪であれば花釵がある)、衾一、西領南上とする。
- 奠を小斂のように設け、甒に勺を加え、篚は東南に置き、籩・豆・俎はいずれも冪を有し功布を用いる。
- 棺が入ると、内外はみな哭を止め、棺を殯所に登らせてから哭する。熬は八篚、黍・稷・粱・稲各二で、いずれも魚・腊を加える。燭は饌の東に俟ち、盆盥を東階の東南に設ける。祝が盥い終え阼階より登り巾を徹し、巾を執る者が阼階の下で待つ。祝が盥い、贊者が小斂の饌を徹し西階より降り、序の西南・西霤に当たって堂上に設けたように設ける。それから東階下の新饌の所に適き、帷堂の内外がみな少し退き立って哭する。御する者が斂し冠若しくは花釵を加え衾で覆う。帷を開き、喪者は東西で小斂のように憑いて哭し、諸親が憑いて哭する。斂する者四人が牀を挙げ、男女が従い、尸を奉じて棺に斂め、それから蓋を加え夷衾で覆い、内外がみな初めのように位に復する。熬穀を設け、首足にそれぞれ一篚、傍にそれぞれ三篚とし、木で棺の上を覆い、それから塗り、帟を殯上に設け、祝が銘を取り殯に置く。
- それから奠を行う。巾・几席を執る者が阼階より登り室の西南隅に入り東面に設ける。また几・巾をすでに加えると、贊者が饌をもって登り室に入り西面して席前に設ける。祝が俎に巾を加え、奠する者が西階より降りて出る。帷を下ろし、内外がみな位に就いて哭する。
殯
- すでに殯すると、霊座を下室・西閒に東向きに設け、牀・几・桉・屏・帳・服飾を施し、時に応じて膳羞及び湯沐を平生のように上げる。殷奠の日は下室に饋えない。
廬・喪服
- 廬は殯堂・東廊の下・近南に置き、苫凷を設ける。斉衰はその南に堊室を作り、いずれも北戸とし蒲を翦って席とし縁をつけない。大功はさらにその南に帷を張り席は蒲を用いる。小功・緦麻はさらにその南に牀を設け席は蒲を用いる。婦人は西房に次する。
成服
- 三日で服を成し、内外がみな哭し哀を尽くす。それから降りて次に就き、その服を服し、服のない者はなお素服とする。相者が主人以下を導いていずれも杖をもって登らせ、殯に立ち内外がみな哭する。諸子孫が尊者の前に跪いて哭し、祖父はこれを撫し、女子子は対して立って哭するが、ただ諸父だけは撫さない。尊者が出ると、主人以下は降りて阼階に立つ。
朔望の殷奠
- 朔望の殷奠。饌を東堂の下に設ける、瓦甒二に醴及び酒を実れ、角觶二、木柶一、少牢及び腊三俎、二簋・二簠・二鈃、六籩・六豆とする。その日、下室には饋えない。
啓殯・葬の準備
- 葬に期があるとき、前日の夕、葦障を除き賓の次を大門外の右に南向きに設ける。啓殯の日、主人及び諸子はみな冠を去り衺巾帕頭で位に就いて哭する。祝が衰服し功布を執り東階より登り殯の南に詣で北向きに、内外は哭を止め三たび噫嘻と声を発し、それから「謹んで吉辰をもって殯を啓く」と言う。告げ終わると内外が哭する。祝が銘を取り重に置く。掌事者が登り殯の塗を徹し柩の東に席を設け柩を席に登らせる。また席を柩の東に設け、祝が功布で登り柩を拂い夷衾で覆い、周りに帷を設け戸を開いて東向きにする。主人以下が登り帷の東に哭す、西向きにいずれも南上とする。諸祖父以下は帷の東北壁の下に哭し、諸祖母以下は帷の西北壁の下に哭する。外姻の丈夫は帷の東、婦人は帷の西とする。祝と饌を進める者がそれぞれ奠をもって登り柩の東・席上に設け、祝が醴を酌んでこれを奠じる。
器用の陳列(葬列の仕度)
- 器用を陳ねる。啓の夕、発引の前五刻に鼓を一打して一厳とし、吉・凶の儀仗を布き陳ね、方相・誌石・大棺車及び明器以下を柩車の前に陳ねる。一品は引四・披六・鐸左右各八・黼翣二・黻翣二・画翣二、二品三品は引二・披四・鐸左右各六・黼翣二・画翣二、四品五品は引二・披二・鐸左右各四・黼翣二・画翣二、六品から九品までは披二・鐸二・画翣二とする。
- 二刻ほど経ち、鼓を二打して二厳とし、饌を掌る者が啓奠を徹して出て、内外がともに立って哭する。紼を執る者がみな入り、掌事者が帷を徹し翣を持つ者が登り翣で柩を障る。紼を執る者が登り、鐸を執る者が西階を夾んで立ち、纛を執る者が入り西階の南に当たり北面して立つ。掌事者が重を取って出し門外の東に倚せる。旌を執る者が纛の南に北面して立つ。鼓を三打して三厳とし、霊車が内門外に進み南向く。祝が腰輿で霊座前に詣で西向きに跪いて告げる。腰輿が西階より降り霊車に詣でる。腰輿が退く。
- 鐸を執る者が鐸を振り階間に降り就いて南向く。翣を持つ者が翣で障る。纛を執る者が却行して引き、輴が止まれば北面して立つ。旌を執る者もまた漸って南に進み、輴が止まれば北面する。主人以下が次第に従う。
- 輴が庭にある。輴が庭に至ると、主人及び諸子以下は輴の東北に西向南上で立って哭する。祖父以下は輴の東北に南向西上で立って哭する。異姓の丈夫は主人の東南に西面北上で立って哭する。婦人は次第に従って降り、妻・妾・女子子以下は輴の西に東面南上で立って哭する。祖母以下は輴の西北に南向東上で立って哭する。異姓の婦人は主婦の西南に東面北上で立って哭する。内外の際は行帷で障る。国官は紼を執る者の東に北面西上で立って哭する。僚佐は紼を執る者の西南に北面東上で立って哭する。祝が饌を執る者を率い祖奠を輴の東に設ける、大斂のようにする。祝が酌んで奠じ饌を進め北面して跪いて「永遷の礼、霊辰留まらず、謹んで旋車を奉じ、式て祖道に遵う、尚饗せよ」と言う。
発引
- 輴が出て車に登る、披を執る者が前後の披を執り、紼する者が輴を引いて出す、旌が先に、纛が次に、主人以下が輴の後に従って哭する。輴が出て輀車に至り、紼を執る者が輴への属を解いて輀車に設け、帷障を輴の後に設け、それから柩を登らせる。祝と饌を執る者が遣奠を柩の東に設ける、祖奠のようにする。
- すでに奠じ終えると、掌事者が蒲葦で牲体の下節五つを苞み縄でこれを束ね盤に盛って輿の前に載せる。方相・大棺車・輴車、明器の輿・下帳の輿・米の輿・酒脯醢の輿・苞牲の輿・食の輿を六輿とし、銘旌・纛・鐸・輀車が次第に行く。
賓の贈(賻贈)
- 賓に贈る者がいる場合、すでに祖奠を終え、賓は大門外の西廂に東面して立ち、従者が篚で玄纁を奉じ西南に立ち、馬を賓の東南に北首西上で陳ねる。相者が入って命を受け出て西面して「敢へて事を請う」と言う。賓は「某、敢へて賵す」と言う。相者が入って告げ、出て「孤某須つ」と言う。篚を執る者が奠じ幣を取って賓に授ける。馬を牽く者がまず入り輴車の南に北首西上で陳ねる。賓が入り、馬の西より輴車の南に当たり北面して立ち、内外が哭を止める。賓は「某の謚封若しくは某の位、まさに幽宅に帰らんとす、敢へて賵を致す」と言う。それから哭し、内外がみな哭する。主人が拝し稽顙する。賓が輴の東に進み西面して幣を車上に奠じ西に出て、主人が拝し稽顙して送る。
墓所での儀
- 喪が墓所に至ると柩を下ろす。輴車を柩車の後に進め帷を張り、柩を輴に下ろす。丈夫は西にいて憑いて哭する。卑い者が拝辞し、主人以下の婦人はみな行帷で障り羨道の西に東面北上で哭する。
- 墓に入る。行席を壙戸内の西に施し、紼を執る者が輴に紼を属け、それから柩を壙戸内の席上に下ろす、北首とし夷衾で覆う。
- 輴が出て、翣を持って入り壙内の両廂に翣を倚せ、それから帳を柩の東に南向きに張る。米・酒・脯を東北に、食盤を前に設け、醯・醢を盤の南に設け、苞牲を四隅に置き、明器を右に設ける。
- 壙にある。掌事者が玄纁を主人に授け、主人が祝に授け、奉じて入り霊座に奠じ、主人が拝し稽顙する。銘旌・誌石を壙門の内に施し、戸を掩い、関鑰を設け、それから土を三たび復す。主人以下が稽顙して哭し、退いてともに霊所に就いて哭する。掌儀者が后土を墓の左に祭る。
反哭
- 反哭。すでに柩を壙に下ろすと、鼓を一打して一厳とし戸を掩う。鼓を二打して再厳とし内外が霊所に就く。鼓を三打して三厳とし酒・脯の奠を徹し霊車を帷の外に追い、儀仗を来る時の儀のように布き陳ねる。腰輿が入り少し経って出て霊車の後に詣でる。霊車が発引すると内外が従って哭するのは来る時の儀のようにする。墓門を出て、尊い者は乗り、墓を去ること百歩で卑い者も乗って哭する。霊車が第の西階下に至り南向く。祝が腰輿で霊車の後に詣で、少し経って登り霊座の前に詣で入る。主人以下が従って登り霊座の東に西面南上で立つ。内外がともに登る。諸祖父以下は帷の東北壁の下に南面して哭する。妻及び女子子以下の婦人は霊の西に東面して哭する。諸祖母以下は帷の西北壁の下に南面して哭する。外姻は南廂に哭する、丈夫は帷の東、婦人は帷の西でいずれも北面する。弔う者は堂上に西面して哭する。主人以下は出て次に就き沐浴して虞を俟つ、斬衰の者は沐うが櫛らない。
虞祭
- 虞。主は桑を用い長さ一尺・方四寸・孔径九分とし烏漆の匱に置く、霊座は寝室内・戸の西にあり東向き、素几は右に置く。洗を西階の西南に設ける。瓦甒二を北牖の下に設け醴・酒を東に置く。喪者はすでに沐い、霊所に登る。主人及び諸子は戸外に杖を倚せ、入って位に哭するのは初めのようにする。饌が入るのは殷奠のように東階より登る。主人が手を盥い爵を洗い醴を酌み西面して跪いて奠じ、哭を止める。祝が跪いて祝を読み、主人が哭拝し、内外の拝すべき者がみな哭拝する。それから出て杖をもって西階を降り次に還る。日を間てて再虞、後日に三虞し、礼は初めのようにする。
小祥・大祥・禫
- 小祥。廬を毀って堊室とし蒲席を設ける。堊室の者はこれを除き地に席する。主人及び諸子は沐浴し櫛り翦り、首絰を去り練冠とし、妻妾女子は腰絰を去る。主は栗を用い、祭りは虞礼のようにする。
- 大祥の祭りは小祥のようにする。月を間てて禫し、祥服を釈いて禫祭を大祥のように行う。すでに祥すれば外寝に還る。妻妾女子は寝に還る。食に醢・醬を用い、すでに禫すれば醴酒を飲み乾肉を食べる。
祔廟
- 祔廟。日を筮う。まさに祔せんとするとき、掌事者が埳室を始祖廟室の西壁に作り、主人及び亜献以下は散齋三日、致齋一日を行う。前日、主人が酒・脯をもって遞遷の主に告げ、それから幄坐に遷し置き、また酒・脯を奠じて神を安んじる。饌を掌る者が膳を徹して出、廟を掌る者が次第に匵で神主を埳室に納める。また考の祔坐を曾祖室内・東壁の下に西向きに設け右に几を置く。主人の位を東南に西面に設ける。子孫の位を南門内・道の東に北面西上に設ける。亜献・終献の位を主人の東南に設ける。掌事以下の位を終献の東南にいずれも西面北上に設ける。贊唱者の位を主人の西南に西面に設ける。酒尊を堂上・室戸の東南に北向西上に設ける。洗を阼階の東南に北向きに設け、爵三・巾二を実れ冪を加える。その日、少牢の饌を二座具える、それぞれ俎三・簋二・簠二・鈃二とする。酒尊二、一つに玄酒を実れ上とし、一つに清酒を実れ次とする。その籩豆は一品は各十二、二品・三品は各八とする。主人及び行事者は祭服とする。掌事者が腰輿を具え、廟を掌る者・閽寺人が廟庭に立ち北面して再拝し、東階より登り入って埳室を開き曾祖・曾祖妣の神主を出して座に置き、降りて出る。尊・罍・篚を執る者が入って位に就く。祝が座前に進み西面して「今の吉辰をもって神主を廟に奉遷す」と告げる。輿を執る者が輿をもって登り入り輿を座前に進め、祝が神主を匵に納め輿に登らせ、祝がなお左に扶い西階より降り、子孫が内外に後に陪従する。廟門に至ると諸婦人は門外に停まり行帷で周り、祭りが終わるのを俟って還る。神主が南門より入り西階より登って室に入る。諸子孫が従って登り室戸の西に重行東面北上に立つ。行事者が従って入りそれぞれ位に就く。輿が室前に詣で輿を回して西向く。祝が匵を啓いて神主を出し坐に置く。輿が降りて西階下に東向きに立つ。相者が主人以下を東階より降りさせそれぞれ位に就かせる。祝が立ち定まると、贊唱者が「再拝」と言う。在位の者がみな再拝する。饌を掌る者が饌を導いて入り東階より登って室に入りそれぞれ神座前に設ける。主人が手を盥い爵を洗い東階より登り醴酒を酌んで室に入り、進んで北面して跪き曾祖神座の前に爵を奠じる。主人が出て爵を取って酒を酌み室に入り、進んで東面して跪き祖座の前に奠じる。戸を出て北面して立つ。祝が版を持ち室戸外の右に進み東向きに跪いて祝文を読む。主人が再拝する。祝が進んで入り曾祖座に版を奠じる。主人が出て降り本位に還る。まず主人が出るとき、亜献が手を盥い爵を洗い登って酒を酌んで入り、進んで北面して跪き曾祖に奠じ、また酒を酌んで入り、進んで東面して跪き祖の神座に奠じ、戸を出て北面して再拝し終え、また室に入り西壁の下に東面して再拝し出て降り位に復する。亜献が終わろうとする頃、終献が入り亜献のように行う。祝が入って豆を徹し、贊者がみな再拝する。主人及び在位の子孫以下が出る。饌を掌る者が入って饌を徹して出る。廟を掌る者が曾祖の神主を埳室に納め、出て、また腰輿をもって諸考の神座前に登り、主を匵に納め輿に置き、考廟に詣で神主を出して座に置き、酒・脯の奠を進め、少し経って徹する。祝が神主を埳室に納める。六品以下は正寝で祔祭する、礼はおおむねこれと同様である。