新唐書卷十二 志第二 禮樂二

六 進熟(郊祀)

  • 皇帝がすでに壇に登り玉・幣を奠じ終えると、太官令が進饌者を率いて饌を奉じ、それぞれ内壝門の外に陳ねる。謁者が司徒を引いて饌所に出させ、司徒が昊天上帝の俎を奉じる。太官令が饌を引いて門に入りそれぞれの陛に至る。祝史がともに進み跪いて毛血の豆を徹し、東陛より降りて出る。諸太祝が壇上で饌を迎える。司徒・太官令はともに東陛より降りて出る。さらに外官・衆星の饌を進め設える。皇帝は罍洗に詣で手を盥い爵を洗い、壇に南陛より登る。司徒は東陛より登り尊の所に立つ。齋郎が俎を奉じて従い登り司徒の後に立つ。皇帝は上帝の尊の所に詣で、尊を執る者が冪を挙げ、侍中が汎斉を酌むのを賛け、昊天上帝の前に進み北向きに跪いて爵を奠じ、興って少し退いて立つ。太祝が版を持ち神の右に進み東向きに跪いて祝文を読む、「維某年歳次月朔日、嗣天子臣某、敢へて昊天上帝に昭告す」。皇帝が再拝する。配帝の酒尊の所に詣で、尊を執る者が冪を挙げ、侍中が坫から爵を取って進め、皇帝が爵を受ける。侍中が汎斉を酌むのを賛け、高祖神堯皇帝の前に進み東向きに跪いて奠じ、興って少し退いて立つ。太祝が版を持ち左に進み北向きに跪いて祝文を読む、「維某年歳次月朔日、曾孫開元神武皇帝臣某、敢へて高祖神堯皇帝に昭告す」。皇帝が再拝する。昊天上帝の前に進み北向きに立つ。太祝がそれぞれ爵で上尊の福酒を酌み一爵に合わせ、太祝が爵を持ち侍中に授けて進める。皇帝が再拝し爵を受け跪いて酒を祭り啐酒し爵を奠じ俛伏して興る。太祝がそれぞれ齋郎を率いて俎を進める。太祝が神前の胙肉を減じ共に一俎に置き、司徒に授けて進める。皇帝は受けて左右に授ける。皇帝が跪いて爵を取り飲み干す。侍中が虚爵を受け取り坫に復する。皇帝は俛伏して興り再拝し、南陛より降りて位に復する。文舞が出て武舞が入る。皇帝が位に復そうとする間、謁者が太尉を引いて罍洗に詣で手を盥い瓠爵を洗い、東陛より壇に登り、昊天上帝の著尊の所に詣で、尊を執る者が冪を挙げ、太尉が醴斉を酌み、昊天上帝の前に進み北向きに跪いて爵を奠じ興って再拝する。配帝の犧尊の所に詣で坫から爵を取り醴斉を酌み、高祖神堯皇帝の前に進み東向きに跪いて爵を奠じ興って再拝する。昊天上帝の前に進み北向きに立つ。諸太祝がそれぞれ爵で福酒を酌み一爵に合わせ、右に進めて西向きに立つ。太尉が再拝し爵を受け跪いて酒を祭り飲み干す。太祝が虚爵を受け取り坫に復する。太尉が再拝し降りて位に復する。まず太尉の献がほぼ終わる頃、謁者が光禄卿を引いて罍洗に詣で手を盥い瓠爵を洗い登って盎斉を酌む。終献は亜献と同様。太尉が升献しようとする間、謁者七人がそれぞれ五方帝及び大明・夜明などの献官を分引し罍洗に詣で手を盥い瓠爵を洗い、それぞれその陛より登り汎斉を酌み進み跪いて神前に奠じる。まず第一等の献官が登ろうとする間、謁者五人が次に献官を引き罍洗に詣で盥・洗し、それぞれの陛より壇に登り、第二等の内官の酒尊の所に詣で汎斉を酌んで献じる。贊者四人が次に献官を引き罍洗に詣で盥・洗し、外官の酒尊の所に詣で清酒を酌んで献じる。贊者四人が次に献官を引き罍洗に詣で盥・洗し、衆星の酒尊の所に詣で昔酒を酌んで献じる。祝史・齋郎が酒を酌んで助奠するのは内官と同様。上下の諸祝がそれぞれ進み跪いて豆を徹し、尊の所に還る。奉禮郎が「賜胙」と言い、贊者が「衆官再拝」と言い、在位の者がみな再拝する。太常卿が前に「再拝を請う」と奏し、皇帝が再拝する。奉禮郎が「衆官再拝」と言い、在位の者がみな再拝する。楽が一成する。太常卿が前に「望燎の位に就くことを請う」と奏し、皇帝が位に就き南向きに立つ。上下の諸祝がそれぞれ篚を執り、玉・幣・祝版・礼物を取って上げる。齋郎が俎で牲体・稷・黍飯及び爵酒を載せ、それぞれその陛より壇を降り柴壇に詣で、南陛より登り、幣・祝版・饌物を柴の上に置く。戸内の諸祝もまた内官以下の礼幣をみな燎に従わせる。奉禮郎が「燎す可し」と言う。東西面各六人が炬をもって燎火する。柴が半ば燃える頃、太常卿が前に「礼畢る」と言う。皇帝は大次に還り、中壝門を出て、殿中監が前に進み鎮珪を受け尚衣奉御に授け、殿中監がまた前に進み大珪を受ける。皇帝が次に入り、謁者・贊引がそれぞれ祀官を引き、通事舎人が従祀の群官・諸方客使を分けて引き、次第に出る。贊者が御史・太祝以下を引き執事の位に復させる。奉禮郎が「再拝」と言い、御史以下がみな再拝して出る。工人・二舞が次第に出る。

六 進熟(宗廟・饋食)

  • 宗廟では饋食という。皇帝がすでに登り祼をすませると、太官令が出て進饌者を率いて饌を奉じ、東門の外に西向南上で陳ねる。謁者が司徒を引いて饌所に出させ、司徒が献祖の俎を奉じる。太官が饌を引いて正門より入り太階に至る。祝史がともに進み毛血の豆を徹し阼階より降りて出る。諸太祝が階上で饌を迎え設え、蕭・稷・黍を取って脂に擩し爐で燔る。太常卿が皇帝を引いて罍洗に詣で手を盥い爵を洗い阼階より登り、献祖の尊彝の所に詣で、尊を執る者が冪を挙げ、侍中が汎斉を酌むのを賛け、献祖の前に進み北向きに跪いて爵を奠じる。また尊の所に詣で、侍中が坫から爵を取って進め、汎斉を酌み、神前に進み北向きに跪いて爵を奠じ退いて立つ。太祝が版を持ち神の右に進み東面して跪き祝文を読む、「維某年歳次月朔日、孝曾孫開元神武皇帝某、敢へて献祖宣皇帝・祖妣宣荘皇后張氏に昭告す」。皇帝が再拝し、また再拝する。奠じ終え、懿祖の尊彝に詣で汎斉を酌み、神前に進み南向きに跪いて爵を奠じ少し西にずれて俛伏し興る。また汎斉を酌み神前に進み南向きに跪いて爵を奠じ少し東にずれて退いて立つ。祝史が西面して跪き祝文を読む。皇帝が再拝し、また再拝する。次に太祖・代祖・高祖・太宗・高宗・中宗・睿宗に奠じるのはみな懿祖と同様。東序に詣で西向きに立つ。司徒が阼階より登り前楹間、北面東上に立つ。諸太祝がそれぞれ爵で上尊の福酒を酌み一爵に合わせ、太祝が爵を持ち侍中に授けて進める。皇帝が再拝し爵を受け跪いて酒を祭り啐酒し爵を奠じ俛伏して興る。諸太祝がそれぞれ齋郎を率いて俎を進め、太祝が神前の三牲の胙肉を減じ共に一俎の上に置き、黍・稷飯を共に一籩に置き司徒に授けて進める。太祝がまた胙肉を司徒に授けて進める。皇帝はそのたび左右に授け、跪いて爵を取り飲み干す。侍中が虚爵を受け太祝に授けて坫に復する。皇帝は阼階より降り版位に復する。文舞が出て武舞が入る。皇帝が位に復そうとする間、太尉が罍洗に詣で手を盥い爵を洗い阼階より登り、献祖の尊彝の所に詣で醴斉を酌み神前に進み北向きに跪いて爵を奠じ少し東にずれて興り再拝する。また坫から爵を取り醴斉を酌み神前に進み北向きに跪いて爵を奠じ少し西にずれて北向きに再拝する。次に懿祖・太祖・代祖・高祖・太宗・高宗・中宗・睿宗に奠じるのは献祖と同様。東序に詣で西向きに立つ。諸太祝がそれぞれ爵で福酒を酌み一爵に合わせ、太祝が爵を持ち左に進め北向きに立つ。太尉が再拝し爵を受け跪いて酒を祭り飲み干す。太祝が爵を受け坫に復する。太尉が興り再拝し位に復する。まず太尉の献がほぼ終わる頃、謁者が光禄卿を引いて罍洗に詣で盥・洗し登って盎斉を酌む。終献は亜献と同様。諸太祝がそれぞれ進み豆を徹し尊の所に還る。奉禮郎が「賜胙」と言い、贊者が「衆官再拝」と言い、在位の者がみな再拝する。太常卿が前に「再拝を請う」と奏し、皇帝が再拝する。奉禮郎が「衆官再拝」と言い、在位の者がみな再拝する。楽が一成して止む。太常卿が前に「礼畢る」と言う。皇帝が門を出て、殿中監が前に鎮珪を受ける。通事舎人・謁者・贊引がそれぞれ享官・九廟子孫及び従享の群官・諸方客使を次第に引いて出す。贊引が御史・太祝以下を引き執事の位に復させる。奉禮郎が「再拝」と言い、御史以下がみな再拝して出る。工人・二舞が次第に出る。太廟令が太祝・宮闈令とともに腰輿を率いて登り神主を納める。祝版は齋坊で燔く。

七祀と配享の功臣

  • 七祀は各々その時に因んで享る。司命・戸は春、竈は夏、中霤は季夏の土王の日、門・厲は秋、行は冬に行う。時享の日、太廟令が神席を廟庭西門の内・道南に東向北上で布き、酒尊を東南に、罍洗をさらに東南に設ける。太廟令・良醞令が尊篚に実れ、太官丞が饌を引き、光禄卿が登って終献し、献官が就事するのは一献にとどまる。
  • 配享の功臣はそれぞれその廟室太階の東、少し南で西向きに位し北を上とする。壺尊二をその座の左に置き、洗を終献の洗の東南に北向きに設ける。太官令が饌を奉じ、廟享がすでに亜献した後に献官が就事し助奠者が分けて奠じ、一献にとどまる。

壇壝・神位・祭器の総説

  • これは冬至に昊天上帝を圓丘に祀り、孟冬に太廟に祫する礼で、壇壝・宗廟の間において礼が盛んで物が備わることこれに過ぎるものはない。壇堂の上下、壝門の内外、次位の尊卑とその向立の方位、出入降登の節は、おおむね推して知ることができ、その盛んで備わる様がこの通りであれば、その小さく簡略なものもまた推して知ることができる。壇埳・神位・尊爵・玉幣・籩豆・簋簠・牲牢・冊祝の数はいずれもおおむね古に依っている。

壇埳の制

  • 四成で、高さ八尺一寸、下成の広さ二十丈、五段ごとに減じて五丈に至り、十二陛を有するのが圓丘である。八角三成、成の高さ四尺、上広十六歩、八陛を設け上陛広八尺・中陛一丈・下陛一丈二尺なのが方丘である。高さ・広さともに四丈なのが神州の壇である。広さいずれも四丈で高さが青帝は八尺・赤帝は七尺・黄帝は五尺・白帝は九尺・黒帝は六尺なのがそれぞれの帝の壇である。広さ四丈・高さ八尺なのが朝日の壇である。坎を深さ三尺・縦広四丈に作り、その中に壇を高さ一尺・方広四丈で設けるのが夕月の壇である。広さ五丈で五土をもって作るのが社稷の壇である。高さ一尺・広さ一丈が蜡壇である。高さ五尺・周囲四十歩が先農・先蚕の壇である。高さ三尺・広さ一丈がいずれも小祀の壇である。嶽鎮・海瀆は廟で祭り、廟がなければ坎に壇を作り、広さ一丈、四方に陛を設けるのが海瀆の壇である。広さ二丈五尺・高さ三尺、四方に陛を出すのが古帝王の壇である。広さ一丈・高さ一丈二尺、戸方六尺なのが大祀の燎壇である。広さ八尺・高さ一丈、戸方三尺なのが中祀の燎壇である。広さ五尺、戸方二尺なのが小祀の燎壇である。いずれも上を開いて南に出す。瘞坎はいずれも内壝の外・壬地にあり、南に陛を出し方深は物を容れるに足るものとする。これが壇埳の制である。

神位の序

  • 冬至に昊天上帝を圓丘に祀り、高祖神堯皇帝を配する。東方青帝霊威仰・南方赤帝赤熛怒・中央黄帝含枢紐・西方白帝白招拒・北方黒帝汁光紀及び大明・夜明は壇の第一等にある。天皇大帝・北辰・北斗・天一・太一・紫微五帝座はいずれも差して行位の前にある。他の内官の諸座及び五星・十二辰・河漢の四十九座は第二等十二陛の間にある。中官・市垣・帝座・七公・日星・帝席・大角・攝提・太微・五帝・太子・明堂・軒轅・三台・五車・諸王・月星・織女・建星・天紀の十七座及び二十八宿は差して前列にある。他の中官一百四十二座はいずれも第三等十二陛の間にある。外官一百五は内壝の内、衆星三百六十は内壝の外にある。正月上辛の祈穀では昊天上帝を祀り高祖神堯皇帝を配し、五帝は四方の陛にある。孟夏の雩祀では昊天上帝を祀り太宗文武聖皇帝を配し、五方帝は第一等、五帝は第二等、五官は壇下の東南にある。季秋には昊天上帝を祀り睿宗大聖真皇帝を配し、五方帝は五室に、五帝はそれぞれその左に、五官は庭にそれぞれその方に依る。立春には青帝を祀り太皥氏を配し、歳星・三辰は壇下の東北、七宿は西北、句芒は東南にある。立夏には赤帝を祀り神農氏を配し、熒惑・三辰・七宿・祝融氏の位は青帝と同様。季夏の土王の日には黄帝を祀り軒轅氏を配し、鎮星・后土氏の位は赤帝と同様。立秋には白帝を祀り少昊氏を配し、太白・三辰・七宿・蓐収の位は赤帝と同様。立冬には黒帝を祀り顓頊氏を配し、辰星・三辰・七宿・玄冥氏の位は白帝と同様。蜡祭で百神を祀るとき、大明・夜明は壇上に、神農・伊耆はそれぞれその壇上に、后稷は壇東に、五官・田畯はそれぞれその方に、五星・十二次・二十八宿・五方の岳鎮海瀆・山林川沢・丘陵墳衍・原隰井泉はそれぞれその方の壇に、龍・麟・朱鳥・騶虞・玄武・鱗・羽・臝・毛・介・水墉・坊・郵表畷・於菟・猫はそれぞれその方の壇の後にある。夏至には皇地祇を祭り高祖を配し、五方の岳鎮海瀆・原隰丘陵墳衍は内壝の内、各々その方にあり、中岳以下は西南にある。孟冬には神州地祇を祭り太宗を配する。社は后土を、稷は后稷を配する。吉亥には神農を祭り后稷を配し、朝日・夕月には配がない。席は尊者は槀秸を、卑者は莞を用いる。これが神位の序である。

尊爵の数

  • 太尊に汎斉を実れ、著尊に醴斉を、犧尊に盎斉を、山罍に酒をいずれも二ずつ実れる。象尊に醍齊を、壺尊に沈斉をいずれも二ずつ、山罍に酒を四つ実れ、昊天上帝・皇地祇・神州地祇を祀る。著尊に汎斉を、犧尊に醴斉を、象尊に盎斉を、山罍に酒をいずれも二ずつ実れて配帝を祀る。著尊二に醴斉を実れて内官を祀る。犧尊二に盎斉を実れて中官を祀る。象尊二に醍齊を実れて外官を祀る。壺尊二に昔酒を実れて衆星・日・月を祀る。以上いずれも坫を有する。迎気の五方帝・五人帝は六尊を用い、山罍のみ上帝の半分に減じる。五方帝を明堂に大享するときは太尊・著尊・犧尊・山罍各二を用いる。五方帝を圓丘に従祀するときは太尊に汎斉を実れいずれも二とする。五人帝を明堂に従享するときは著尊に醴斉を実れいずれも二とする。日・月には太尊に醴斉を、著尊に盎斉を実れいずれも二とし、山罍に酒を一実れる。圓丘に従祀するときは太尊二に汎斉を実れる。神州地祇を方丘に従祀するときは太尊二に汎斉を実れる。五官・五星・三辰・后稷には象尊に醍齊を実れる。七宿には壺尊に沈斉を実れいずれも二とする。蜡祭には神農氏・伊耆氏に著尊いずれも二に盎斉を実れる。田畯・龍・麟・朱鳥・騶虞・玄武には壺尊に沈斉を実れる。麟・羽・臝・毛・介・丘陵墳衍原隰井泉・水墉・坊・郵表畷・虎・猫・昆虫には散尊に清酒を実れいずれも二とする。嶽鎮海瀆には山尊に醍齊を実れる。山・川・林・沢には蜃尊に沈斉を実れいずれも二とする。伊耆氏以上はいずれも坫を有する。太社には太罍に醍齊を、著尊に盎斉を実れいずれも二とし、山罍一とする。太稷・后稷氏もまた同様。他の中祀はいずれも犧尊に醍齊を、象尊に盎斉を、山罍に酒を実れいずれも二とする。小祀はいずれも象尊二に醍齊を実れる。宗廟の祫享には室ごとに斝彝に明水を、黄彝に鬯を実れいずれも一とし、犧尊に汎斉を、象尊に醴斉を、著尊に盎斉を、山罍に酒を実れいずれも二とし堂上に設ける。壺尊に醍齊を、大尊に沈斉を、山罍に酒を実れいずれも二とし堂下に設ける。禘享には雞彝・鳥彝一とする。時享では春・夏の室に雞彝・鳥彝一、秋・冬に斝彝・黄彝一を用いいずれも坫を有する。七祀及び功臣配享には壺尊二に醍齊を実れる。別廟の享では春・夏に雞彝に明水を、鳥彝に鬯を実れいずれも一とし、犧尊に醴斉を、象尊に盎斉を、山罍に酒を実れいずれも二とする。秋・冬には斝彝・黄彝いずれも一とし、著尊・壺尊・山罍いずれも二とする。太子の廟には犧尊に醴斉を、象尊に盎斉を、山罍に酒を実れいずれも二とする。すべての祭祀で五斉の上尊には必ずみな明水を、山罍の上尊には必ずみな明酒を実れ、小祀の上尊にもまた明水を実れる。これが尊爵の数である。

玉幣の制

  • 冬至に昊天上帝を祀るには蒼璧を用いる。上辛の明堂には四圭有邸を用い、配帝の幣もいずれも蒼、内官以下の幣は方色に従う。皇地祇には黄琮を用い、配帝の幣もいずれも黄とする。青帝には青圭、赤帝には赤璋、黄帝には黄琮、白帝には白琥、黒帝には黒璜を用い、幣はその玉の色に従う。日には圭・璧を用い幣は青、月には圭・璧を用い幣は白とする。神州・社・稷には両圭有邸を用い幣は黒、嶽鎮・海瀆には両圭有邸を用い幣はその方色に従う。神農の幣は赤、伊耆は黒、五星は方色、先農の幣は青、先蚕の幣は黒とし、配座もみな同様とする。他の祭祀の幣はいずれも白でその長さ一丈八尺とする。これが玉・幣の制である。

籩豆・簠簋・㽅鈃の実

  • 冬至の圓丘の祀では、昊天上帝・配帝に籩十二・豆十二・簋一・簠一・㽅一・俎一を、五方上帝・大明・夜明に籩八・豆八・簋一・簠一・㽅一・俎一を、五星・十二辰・河漢及び内官・中官に籩二・豆二・簋一・簠一・俎一を、外官・衆星に籩豆簋簠俎各一を用いる。正月上辛の祈穀圓丘では昊天・配帝・五方帝はみな冬至と同様。孟夏の雩祀圓丘でも昊天・配帝・五方帝はみな冬至と同様、五人帝には籩四・豆四・簋一・簠一・俎一、五官には籩二・豆二・簋一・簠一・俎一を用いる。季秋の大享明堂は雩祀と同様。立春の青帝及び太昊氏の祀には籩豆いずれも十二、簋一・簠一・㽅一・俎一を、歳星・三辰・句芒・七宿には籩二・豆二・簋一・簠一・俎一を用いる。赤帝・黄帝・白帝・黒帝もみな同様。蜡祭の百神では、大明・夜明に籩十・豆十・簋一・簠一・㽅一・俎一を、神農・伊耆に籩豆各四・簋簠㽅俎各一を、五星・十二辰・后稷・五方田畯・岳鎮海瀆・二十八宿・五方山林川沢に籩豆各二・簋簠俎各一を、丘陵墳衍原隰・龍・麟・朱鳥・白虎・玄武・鱗・羽・毛・介・於菟等に籩豆各一・簋簠俎各一を、また井泉には籩豆各一・簋簠俎各一を用いる。春分の朝日、秋分の夕月には籩十・豆十・簋一・簠一・㽅一・俎一を用いる。四時に祭る風師・雨師・霊星・司中・司命・司人・司禄には籩八・豆八・簋一・簠一・俎一を用いる。夏至の方丘の祭では皇地祇及び配帝に籩豆いずれも十二・簋一・簠一・㽅一・俎一を、神州に籩四・豆四・簋一・簠一・㽅一・俎一を、五嶽四鎮四海四瀆及び五方山川林沢には籩二・豆二・簋簠俎各一を用いる。孟冬の神州及び配帝の祭には籩豆いずれも十二・簋一・簠一・㽅一・俎一を用いる。春秋の太社太稷及び配坐の祭には籩豆いずれも十・簋二・簠二・鈃三・俎三を用いる。四時の馬祖・馬社・先牧・馬歩の祭には籩豆いずれも八・簋一・簠一・俎一を用いる。太廟の時享には室ごとに籩豆いずれも十二・簋二・簠二・㽅三・鈃三・俎三を用いる。七祀には籩二・豆二・簋二・簠二・俎一を用いる。祫享・功臣配享は七祀と同様。孟春の帝社及び配坐の祭には籩豆いずれも十・簋二・簠二・㽅三・鈃三・俎三を用いる。季春の先蚕の祭にも同様。孟冬の司寒の祭には籩豆いずれも八・簋一・簠一・俎一を用いる。春秋の孔宣父の釈奠では、先聖・先師に籩十・豆十・簋二・簠二・㽅三・鈃三・俎三を、従祀の場合は籩豆いずれも二・簋一・簠一・俎一を用いる。春秋の斉太公・留侯の釈奠には籩豆いずれも十・簋二・簠二・㽅三・鈃三・俎三を用いる。仲春の五龍の祭には籩豆いずれも八・簋一・簠一・俎一を用いる。四時の五嶽四鎮四海四瀆の祭には各々籩豆十・簋二・簠二・俎三を用いる。三年に一度の先代帝王及び配坐の祭には籩豆いずれも十・簋二・簠二・俎三を用いる。州県の社稷・先聖の祭、先師の釈奠には籩豆いずれも八・簋二・簠二・俎三を用いる。
  • 籩には石塩・槀魚・棗栗榛菱芡の実・鹿脯・白餅・黒餅・糗餌・粉餈を盛る。豆には韮葅䤈醢・菁葅鹿醢・芹葅兔醢・筍葅魚醢・脾析葅豚胉・𩛆食・糝食を盛る。中祀の籩には糗餌・粉餈を、豆には𩛆食・糝食を欠く。小祀の籩には白餅・黒餅を、豆には脾析葅豚胉を欠く。用いる数がいずれも四のときは、籩に石塩・棗実・栗黄・鹿脯を、豆に芹葅兔醢・菁葅鹿醢を盛る。いずれも二のときは、籩に栗黄・牛脯を、豆に葵葅鹿醢を盛る。いずれも一のときは、籩に牛脯を、豆に鹿醢を盛る。牛脯を用いる場合は羊肉でも通用する。簠・簋がいずれも一のときは、簋に稷を、簠に黍を盛る。いずれも二のときは、簋に黍・稷を、簠に稲・梁を盛る。㽅には大羹を、鈃には肉羹を実れる。これが籩・豆・簠・簋・㽅・鈃の実である。

牲牢の別

  • 昊天上帝には蒼犢を、五方帝には方色の犢を、大明には青犢を、夜明には白犢を、神州地祇には黒犢を用いる。配帝の犢は天には蒼、地には黄、神州には黒をいずれも一頭用いる。宗廟・太社・太稷・帝社・先蚕・古帝王・嶽鎮海瀆にはいずれも太牢を用いる。社稷の牲は黒とする。五官・五星・三辰・七宿にはいずれも少牢を用いる。蜡祭では神農氏・伊耆氏に少牢を、后稷及び五方・十二次・五官・五田畯・五嶽四鎮海瀆・日・月には方ごとに犢二を、星辰以下には方ごとに少牢五を、井泉にはいずれも羊一を用いる。順成しない方角は闕く。風師・雨師・霊星・司中・司命・司人・司禄・馬祖・先牧・馬社・馬歩にはいずれも羊一を用いる。司寒には黒牲一を用いる。牲は滌に置くこと大祀は九旬、中祀は三旬、小祀は一旬とし、養うが占わない。方色のない場合は純色を用い、必ず副えを備える。省牲の際に犢が鳴けば免じて副えを用いる。棰柎(打つこと)を禁じ、死ねば瘞める。創病した牲は代を請い、告祈の牲は養わない。すべての祭祀は、その日の未明十五刻に太官令が宰人を率い鸞刀で牲を割き、祝史が豆で毛血を斂めて饌所に置き、祭りには奉じて入れ、それから烹る。肉は俎に載せ、いずれも右胖の体十一を升げる。前節三――肩・臂・臑、後節二――肫・胳、正脊一、脡脊一、横脊一、正脅一、短脅一、代脅一、いずれも骨を並べる。別祭で太牢を用いる場合は酒二斗・脯一段・醢四合を、少牢を用いる場合は酒を半分に減じる。これが牲牢の別である。

冊祝の制

  • 祝版はその長さ一尺一分、広さ八寸、厚さ二分、材は梓・楸を用いる。大祀・中祀ではいずれも版に署するにあたり必ず拝する。皇帝親祠のときは大次に至り、郊社令が祝版を進めて署させ、受けて出て坫に奠じる。宗廟では太廟令がこれを進める。有司が摂事する場合は進めて御署をあおぎ、皇帝は北向きに再拝し、侍臣が版を奉じ、郊社令が受けて出す。皇后親祠の場合は郊社令があらかじめ内侍に送り、享の一日前に進署し、后が北向きに再拝し、近侍が奉じて出し内侍に授けて享所へ送る。享の日の平明、女祝が坫に奠じる。これが冊祝の制である。