新五代史卷六十五 南漢世家第五 劉玢
劉玢
- 玢は初め洪度といい秦王に封じられていた。龑の子耀枢・亀図が早世し玢が次に立つべきであったが、龑は病床で「洪度・洪熙は不才、洪昌のみが自分に似ている」と語り、崇文使蕭益の諫言によりようやく洪度(玢)の立太子が定まった。玢は光天と改元し、母趙昭儀を皇太妃、晋王洪熙を輔政とした。玢は政務を執らず、龑の殯中から伶人の楽と酒宴を宮中で行い、男女を裸にして遊び、時に喪服のまま娼女と夜行し民家に出入りしたため各地で盗賊が横行、妖人張遇賢が「中天八国王」を自称して循州を陥した。玢は越王洪昌・循州王洪杲を遣わしたが遇賢に包囲され、裨将万景忻・陳道庠が奮戦して脱出させた。
- 洪熙は玢に荒淫を勧めて誘い、玢も諸弟の簒奪を疑い宦官に宮門警備を厳にさせた。洪熙・洪杲・洪昌は密かに勇士陳道庠・劉思潮・譚令禋・林少彊・少良・何昌延らに角觝を習わせ玢に献上、玢が長春宮で観覧し酔って立ち上がったところを道庠らが寝所で拉殺し左右も皆殺した。玢は在位二年、二十四歳で「殤」と諡され、弟の晟が立った。