新五代史卷三十六 義兒傳第二十四 李存賢
李存賢(本姓王氏、名賢)
- 許州の人。角觝に優れた軍卒であったが、太祖が陳州で黄巢を撃った際に得て養子とし、義兒軍副兵馬使、沁州刺史。敵の攻勢を避けて南に遷っていた州城を「敵を避けて城を移すのは勇者のすることではない」と旧地に復興し梁軍を撃退。武州刺史・山北団練使を経て慈州。天祐18年、河中の朱友謙を梁が攻めると援軍に赴き、離反を疑わせる間者の言にも「王事に死ぬのは志、悔いはない」と応じて梁兵を撃退。荘宗即位後、右武衛上将軍。角觝を好む荘宗に勝って所望どおり出世を得た。同光2年、幽州の李存審が病篤く、荘宗が「創業の故人が尽き、頼るべきは存審のみだったが今また病に伏す」と嘆いた際、存賢に代えて盧龍軍節度使とし、その年幽州で65歳で没し太傅を追贈された。