新五代史卷三十六 義兒傳第二十四 李存信

李存信(本姓張氏)

  • 父君政は回鶻李思忠の部人。存信は騎射に優れ、四夷の語と六蕃の書に通じ、太祖に従い代北から関に入り黄巢を破って馬歩軍都指揮使、養子となる。存孝と並ぶ養子だが才勇では及ばず、そのため存孝を妬み陥れた(存孝はのちその讒言により処刑された)。莘県で羅弘信に敗れ太祖の子落落を失う失態や、劉仁恭討伐の安塞での大敗(太祖に三度目の敗戦と叱責され殺されかけたが謝罪して免れる)があり、以後は病と称して出兵を避けた。天復2年、41歳で没した。