資治通鑑晉紀二 世祖武皇帝 咸寧 元年 275年
改元と呉の天冊改元
- 春正月戊午朔、大赦を行い、元号を咸寧に改めた。
- 呉では地中から銀尺が掘り出され、そこに刻文があったため、孫皓はこれを瑞兆として大赦し、元号を天冊に改めた。
賀邵・楼玄家への処分
- 呉の中書令賀邵が中風で言葉を失い、辞職して数か月たった。
- 孫皓は仮病を疑い、酒蔵に閉じ込めて千回にも及ぶ拷問を加えたが、賀邵はひと言も発しなかった。ついには鋸で首を断たれ、家族は臨海に移された。
- また、以前殺された楼玄の子孫も誅殺された。
沙漠汗と衛瓘の離間策
- 夏六月、鮮卑拓跋力微が再びその子の沙漠汗を入朝させて貢ぎ物を奉った。
- 帰国の段になると、幽州刺史衛瓘は朝廷に留め置きを請い、さらに密かに金を鮮卑諸部の大人たちへ贈って相互に離間させた。
日食と追尊
- 秋七月甲申晦、日食があった。
- 冬十二月丁亥、宣帝の廟号を高祖、景帝を世宗、文帝を太祖と追尊した。
洛陽の大疫
- この年、洛陽では大疫が起こり、死者は万を数えた。