資治通鑑漢紀四十九 孝靈皇帝上之下 熹平三年 前401年
春 赦令と陳耽の太尉就任
- 二月、天下に大赦があり、太常の陳耽が太尉となった。
三月 中山国の廃絶
- 中山穆王暢が死去し、子がなかったため中山国は廃絶となった。
夏六月 済南王の立封
- 河間王利の子の劉康が済南王に封じられ、孝仁皇の祭祀を継ぐことになった。皇帝が大宗を継いだため、別系統の祭祀を立てる必要があったためである。
孫堅の起用
- 呉郡の司馬で富春の孫堅が、勇敢な者千余人を募って州郡に協力し、許生討伐に加わった。
冬 許生平定と北辺の戦い
- 十一月、臧旻・陳寅が会稽で許生を大破し、これを斬った。
- 任城王博も死去し、子がなかったため任城国は絶えた。
- 十二月、鮮卑が北地に侵入したが、太守の夏育が屠各を率いて追撃し破ったため、夏育は護烏桓校尉に昇進した。
- その後も鮮卑は并州を侵し、司空の唐珍は罷免され、永楽少府の許訓が司空となった。