資治通鑑漢紀四十四 孝順皇帝 永和 元年 136年

改元と宮中火災

  • 春正月己巳、改元して永和元年となり、大赦が行われた。
  • 冬十月丁亥、承福殿が焼失した。

象林反乱と王龔救出

  • 十一月丙子、太尉の龐参が罷免された。
  • 十二月、日南郡の象林の蛮夷が反乱した。
  • 乙巳、前司空の王龔が太尉に任じられたが、病を押して宦官専権を激しく弾劾したため、黄門らが逆に罪をでっち上げた。皇帝は王龔に自弁を命じた。
  • 李固は梁商に対し、三公のような大臣を軽々しく取り調べに付すべきではなく、王龔にもし急変があれば朝廷が賢者を害した非難を受けると説いた。梁商が皇帝に言上したため、王龔は救われた。

梁冀の暴横

  • この年、執金吾の梁冀が河南尹に任じられた。
  • 梁冀は酒色と遊興にふけって放縦で、職務でも法を外れた振る舞いが多かった。父の梁商の親客である雒陽令の呂放がこれを梁商に告げたため、梁商は梁冀を叱責した。
  • 梁冀は呂放を道中で刺客に殺させ、その事実を隠すため呂放の弟の呂禹を雒陽令に推して自ら犯人捜索にあたらせ、ついには呂放の宗族や賓客百余人を滅ぼした。

武陵蛮への課税問題

  • 武陵太守は、蛮夷はよく服属しているから漢人同様に租税を増やしてよいと上奏し、議者の多くも賛成した。
  • 尚書令の虞詡は、異俗には古来軽い負担で接してきたので、今これを増やせば必ず怨叛を招き、得るものより損が大きいと反対した。
  • しかし皇帝は従わず、澧中・漊中の蛮が貢布をめぐって争い、ついに郷吏を殺して挙族して反乱した。