資治通鑑漢紀四十 孝和皇帝下 永元 七年 95年

春正月 軍の帰還と責任追及

  • 鄧鴻らの軍が帰還した。
  • 馮柱は虎牙営を率いて五原に留屯した。
  • 鄧鴻は進軍の停滞と失利の責任を問われて下獄され、獄死した。
  • のちに皇帝は、朱徽と杜崇が胡人との関係を損ね、しかもその上書を妨げたことが南匈奴反乱の原因であると知り、二人を召し返して下獄し、死に至らせた。

夏四月 日食

  • 辛亥朔、日食があった。

秋 地変

  • 七月乙巳、易陽で地裂が起こった。
  • 九月癸卯、京師で地震があった。

楽成王党の罪

  • 楽成王党は、賊を使って人を殺した罪により、東光・鄡の二県を削られた。